ブローディア春
じっとして息を潜めていたら、すぐ横の準備室に大荷物を抱えて入っていった先生は俺たちに気づかなかった。
すごい。
「だからってはしゃぐなよ」
「石間すごいな!」
「江差と考案した」
「頭いいな」
じゃあさ、と、体育座りをしているひざを掴まれた。
すると、自然に石間の方に顔を向けるだろ。
「ん。」
「!」
「これも、気づかれない」
「ばっか」
「いいじゃん久々なんだし」
「久々とかいうなよ……」
つまりそれって、久々になる前はしてたって認めてることになるだろ。
「監視カメラだってあったらどうすんだよ」
「学校に? ナイナイ。マジない」
「イマドキのはすごいらしいよ。米粒くらいなんだって、カメラ」
「じゃあ俺木野の部屋に仕込んでおこうか」
「それは無理っ!!!!」
バッと立ち上がって気づいた。
ここは授業中の廊下だってことに。
ばかやろ。という石間のつぶやきと共に抱えられて、今度はもといた2階に下りた。ついでにもう1階分下りた。
焦りで前が見えなかったけど、図書館の前に来てようやく息を吹き返した俺は、むりやり体を離して職員トイレに入った。
なにやってんだ俺。
トイレで顔でも洗おうかと思ったんだけど、鏡に映ったのは変な頭の自分。
うっと怯んだら、後ろに石間が映った。やっぱり俺は江差より石間のが好きなんだな。そう再確認して、下を向いた。
「よくわかんないんだけどさ。木野さ、俺に嫌われようとでも思ってんの」
「え」
自分の頭を見られたくないなんてすっかり忘れて、鏡越しに石間を凝視していた。
「もしかして俺が木野に夢でも見てると思ってんの」
「ええ?」
「純っぽくなくっても俺、木野ってだけでなんでもイケるんだけど。」
「純」
「カメラ仕込むなんて冗談って普通に考えるのに、なんでキョヒるわけ」
「キョヒってない」
「したじゃん」
「やだっただけ」
石間がすごい顔で俺をにらんだのがわかった。鏡から顔をそらしてまた下を向いた。
「木野ってさあ」
「……ん? うん」
気まずいけど、返事しないのも変だよな。
ここは入り口から死角になっているからいいけど、パタパタと廊下を歩く音が通り過ぎた。
きっと図書室の司書さんとかだろう。
「木野ってホントはエロ本好きだろ。しってる」
「………」
「っていうか普通みんな好きだろ。普通っしょ。映像がいいか写真がいいかの違いくらいで」
「……えっ……なんでだ」
石間が俺の手を引いたから、やたら広く見える胸に激突した。くやしいけどどうやってもこの身長差には抗えない。
というか、なんかすごい方向に話が進んでるような気がするんだけど。
「もしかして違う理由」
「……なんでえ?」
なんで、石間それ知ってんだろう。三好の家でしか見たことないのに。DVDと雑誌だとどっちが好きか、三好の兄ちゃんにしか言ったことないはずなのに。
ふっと笑う息が髪を揺らした。と思う。そんな感じがした。
石間は俺の髪を引っ張る。あそうだ、揺れるような髪じゃなかったんだった。
俺のホコリまみれの髪の束が、くりくりとひねられていくのがわかる。頭皮の微妙な刺激に不思議と安心できてしまって、目を閉じることにした。
石間はワイシャツの中に何も着ていないんだろうか……どうして何も透けていないのだろうか……そういう変なギモンが湧いてくるからだ。
「なんか悩んでるんだろうけどさ、それってお互い様だしさ」
「石間も悩んでんの」
「まあな」
肩を掴まれて、急に石間と対面する格好になる。髪は石間が弄ったからもう時効だとしても、目線が合わない。なぜなら俺が石間の胸元ばかりを見ているからだ。
「で、ほんとに好きなの?」
「なんだ」
「エロ本。なんで? それってどーいうとこを主に見てるわけ」
「いいだろうべつに。どうでもいいって言ってたくせに」
「重要だし。あ、えーと、まあ本当はどっちでもいいんだけどな。どういうのがすきでも、髪寝ててもあげてても」
「……わかんねえし」
「木野は?」
「俺は、石間がキンパでも黒髪でも好きだよ」
へえ、
そういって石間は口元を押さえた。
考えてみたら、エロ本が好きだからといって部屋に監視カメラをつけられたくない理由にはならないんだよな。
どうせ部屋においてないわけだし。
うまく逃げられたならいいか。でもそれは、石間がうまく逃がしてくれたということかもしれない。