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『喧嘩百景』第3話日栄一賀VS緒方竜

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 中腰になったままの竜の腹に今度は一賀の膝が食い込む。
 「げ…ふ…」
 堪(たま)らず竜は胃の中のものを吐き出した。そのまま地面に倒れ伏す。
 たった三発で彼が這い蹲るなどということは初めてのことだった。
 「最強最悪――ここいらの奴らが俺のことをそう言わなかったか?」
 一賀は竜に馬乗りになると左腕――竜の利き腕を取って思いっきり捻(ねじ)りあげた。
 肩が鈍い音を立てる。
 一賀はさらに手首を掴んだまま肘にも手をかけた。
 ――利き腕潰すつもりかっ。
 竜は身体を捻(ひね)って一賀を振り払った。
 左肩に激痛が走る。
 ――こないに簡単に肩外しよってからに。遠慮っちゅうもんがないんか。
 「最強やと?――あんた、そない性悪で、よう今まで猫被っとったもんやな」
 竜は重い左腕を掴んで近くの木に打(ぶ)ち当てた。
 「ぐっ…ぅ」
 痛みに声が漏れる。
 一賀は感心したように「へえ」と呟いた。
「自分で肩を入れたのか。少しは根性あるな」
 竜は肩を回し、
「手加減なしでやらしてもらうで、こっちもそない余裕ないんでな」
ぺっ、と、唾を吐いた。
 「来いよ」
 一賀はくいっと顎をしゃくった。
 竜は拳を握り締めて一賀に殴りかかった。
 今までのお茶会同好会メンバーの戦い方から見て、ただ殴りかかっても避(よ)けられるだろうと竜は思っていた。それは計算の内で、次のアクション、次の次のアクション、それで勝負するはずだった。
 しかし、腹を狙って時間差で繰り出した、右の拳は受け止められ、左は手首をいとも簡単に掴まれてしまった。
 馬鹿力には定評のある彼のパンチを、日頃は青い顔をして病弱そのものの一賀が、正面から受け止めるなんて、竜には信じられないことだった。
 「逃げるが勝ち」がお茶会同好会の連中のやり方ではなかったのか。
 「…いっ…つ…」
 竜は掴まれた手首にちくりとする痛みを感じて声を上げた。
 彼を見上げる一賀の唇の端が少し持ち上げられる。
 竜は痛みを堪(こら)えてそれを見下ろした。
 痛みに混じって手首に感じたことのない違和感が広がる。
 彼を掴んでいる一賀のひんやりした手の感触に熱いものが滲む。
 ぽたり。
 何か滴(しずく)が地面に落ちる音が竜の耳に届いた。
 ――こ…こいつ。