降誕祭
暖房がちょうどよく効いているサロンで、コチアンがヴァイオリンを手にした。
声楽科の花々たちはそれぞれ間を開けて、姿勢を正して立つ。
「さて、まず誰の曲から?」
譜面台の上のピースを選びながら、コチアンが尋ねる。
軽い目配せの後、ソリストが音もなく前に出る。
「では私から」
「“Le ferite lacere della dea divennero la luce”(伊語:その女神の涙は光となった)」
ヴァイオリンによる静かな前奏に続いて、ソリストの澄んだ高い声が響き渡る。さすが、今回は主役ではないにしろも声楽科花組一の歌い手。修道院長らしい貫禄を感じさせるような歌い方を披露してみせた。
終わると、どの絵画の美女にも劣らぬ微笑みと共に、優雅にお辞儀した。天性の物なのだろう、この少女は本当に華がある。
「じゃ、次は私達だな」
「はいっ」
「了解だ」
この歌は役者全員が揃っていないので分担を打ち合わせして、三者三様がそれぞれ立ち位置を決める。ファルサは眼鏡の奥の碧眼を輝かせながら言った。
「“The element of the smile”(英語:笑顔の元素)だ!」
コチアンが軽やかな手つきで弦を動かし始める。ファルサ・アリア・コントラルトの三人娘がそれぞれの持ち味を惜しみなく生かして歌い上げていく。特にアリアが演じるハニエルは可愛らしさ満点、ハニエル本人がそこに降臨したのを思わせるほど、はまり役だった。
最後に、コチアンがチエコにそっと視線をやった。彼が何を示唆したのかわかったらしく、チエコは苦笑を浮かべながらしきりに手を振っていたが、コチアンも応えるように軽く頭を振る。チエコは肩をすくめ、ドルチェを見た。
無言で頷く幼馴染みを確認してから、すっと譜面台にピースを載せる。
「“Unser Versprechen”(独語:私達の約束)」
題名を確認したコチアンは、ヴァイオリンを机に置くとサロンの端まで歩いていって何かを持ち出してきた。椅子に静かに腰掛け、腕の中のフォークギターの弦を確認する。
こくりと頷く皆の顔を見てから、静かにコチアンはつま弾いた。はじめは、チエコのソロから。そこへドルチェの歌声が重なり、ラストにファルサ・アリア・コントラルトの歌声も見事に重なった。
お互いの個性を潰さず生まれ出た響きは、サロンを静かに満たしていく。
友の顔を見ながら、嬉しそうに歌う面々。ソリストはソファに腰掛け、満足そうな顔でその光景を見守っていた。
窓の向こうから、冬の夕暮れの光が、連なる山々のシルエットを浮かび上がらせているのが見える。
暖かなサロンの中は、天使達の歌声で一杯だった。