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降誕祭

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 チエコが(観念して)引き受けたことで、俄然、今まで以上にやる気が満ちている声楽科の花組。
 一応授業の一環でもあるので、チエコは毎日一コマだけ声楽科の授業を受けているらしい。彼女とあの個性的なメンバーが織り成す練習風景はさぞや見物であろう。
 劇の見学はラスト一週間のリハーサル(しかも公開練習のみ)の時以外しか許されていないのが残念だ。
 花組のオーケストラの方はガリーナとヤマハが参加するらしい。
 バスは月組のリーダーからお声がかかり、(演目は『少女は踊る』)そちらへ。コチアンとリーツは今回はじっくり拝聴したかったらしく、参加希望や推薦は受けなかった。

 季節はやることがあると足早にやってくるように感じるものだ。つい先日、師走に足を踏み入れたばかりだと思ったのに、いつの間にかアドヴェントカレンダーが開いている小窓が目立つようになってきた。
 降誕祭に参加するメンバーはそれぞれが忙しそうでいつもの練習もままならない状態だ。ラボは閑古鳥が鳴いている。

(このままだと、冬休みに突入しちゃうねえ)

 そんなことを考えながら、コチアンは一人、防音使用のサロンでヴァイオリンを弾いていた。
 リーツは借りた本を返してくると言って図書館に出かけて行ったきり、なかなか戻ってこない。その上、休日でも練習に出ていった友人がいないせいか、現在、この寮には彼一人だけだ。
 ヴァイオリンを肩から降ろすと、椅子に腰掛けて軽く息を吐く。

 窓の外はすっかり冬化粧、すっかり葉を落としきった木の枝が不思議な影遊び。パティオに面したフランス窓を開けると、コチアンは外へ出た。
 時刻は午後三時。季節の中で最も日が短い時期なので、夕陽は早くも西に傾きはじめ、せっかちな冬の太陽はもう山の奥へ姿を消そうとしていた。この季節特有の薔薇色に染まった雲はたなびき、飛び交う鳥達のシルエットが映える。
 コチアンは青い双眸を細めて、そんな景色を拝観していた。
 その時、かちゃりと言う音がしたので誰か帰った来たのかと振り返る。

「ただいま」
「お帰り、チエコ……?」

 帰ってきたのはチエコだった。
 しかし、よくよく見てみると彼女の後ろには先日会ったばかりの蜜柑色の髪の少女に黒髪オッドアイの少女、眼鏡をかけた金髪碧眼の少女、金髪褐色肌の少女、赤毛の少女という花組美少女五人衆がぞろぞろと連なっている。
 きょとんとしているコチアンの目の前に、黒髪オッドアイ少女――ソリストが髪を掻きあげながらずいっと顔を覗き込んできた。

「全く、残念なこと……。彼方がオーケストラに参加していないだなんて……」
「ソリストに同感だよ。今年こそお前のヴァイオリンで歌えると思ってたんだけどねェ」

 金髪碧眼の少女――赤いフレームの眼鏡を持ち上げて演技がかったため息を吐く。

「あの、どうしてお出にならないのですか?」

 赤毛の少女――アリアは水色の虹彩をくるくる動かしながら無邪気に尋ねてくる。

「コチアン少年のことだからね、既に他に誘われてしまっているのかもしれないと言っていたところなのだよ」

 金髪褐色肌の麗人――コントラルトはいつもの飄々とした表情を引っ込めて、珍しく困った顔をしている。

 矢継ぎ早に向けられる四人それぞれの言葉に、コチアンが目をぱちくりして固まっているので、チエコが微笑みながら説明をはじめた。

「みんなね、どうしても君がいるオーケストラで歌いたかったって言うもんだから、連れてきたんだよ」

 ニコニコ笑っている面面に、内心どきまぎしながらもコチアンも微笑み返す。

「他からも、誘われてないんだよ。それに、今回はチエコも出ることになってるし、じっくり観てみたい気持ちが強かったしね。君たちの、晴れ舞台を」

 コチアンの答えに対し、声楽科の面々は何やら嬉しそうに目配せする。
 そして、

「じゃあ特別に! コチアンのために歌ってやろうじゃないか。なあ、みんな?」
「異議なし」
「構わないが、条件付きだよ?」
「条件?」

 小首をかしげたコチアンに、胸の前で手を組んだアリアが彼の前に一歩踏み出して言った。

「伴奏、ヴァイオリンで弾いてください!」
「弾けるやろ? コチアンやったら」
「譜面は持って来たぞ!」

 コントラルトがピースが入ったファイルを掲げた。期待に満ちた、友の笑顔とまなざし。
 縁なし眼鏡のブリッジをそっと指で押し上げて、金髪美少年は困ったように、でもとても穏やかな笑顔で応えた。

「ご所望とあらば、喜んで」

 途端、わぁっと歓声が上がる。友に腕を取られ、背中を押されつつ、コチアンはパティオからサロンに移動した。

作品名:降誕祭 作家名:狂言巡