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降誕祭

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 お昼休みに入ったので、食堂へ足を進める。寮も校舎も同じ敷地内にあるので、昼食は自然、自分が通う校舎に近い食堂に行くシステムになっている(たまに、別の食堂で食事をとる物好きな輩もいるが)。
 それというのも、この学院は(建物と建物の距離が広いこともあって)お昼休みが長い。十二時半から一時半という驚異の長さだ。その恩寵ゆえか、一度寮に戻って惰眠をむさぼる者、サッカーやバスケなどスポーツに興じる者、はたまた練習に打ち込む者と、過ごし方も様々である。発表会が近い者も十分休息がとることができるだろう。

 コチアンは校舎を出た途端、ばったりバスと出会い、数学の小テストの話をしながら食堂に足を踏み入れたとき、見慣れた癖毛と蜜柑色の髪がなにやら言い合いになっているのが目に入った。

「チエコ、どうしたの?」
「ああ、バスにコチアン。ちょうどいいところに。この子を何とかしてくれないかな……」
「おひさぶりっこ! バスちゃんにコーちゃん! お元気そうでなにより~」
「……ドルチェ君、いい加減チエコ君を困らせるのは止めるんだ」
「ひっどー別に困らせてへんし! 今日はちぃちゃんにお願いにきたんやしょ」

 バスの言葉に唇を尖らせて抗言したのは、声楽科在籍のドルチもといドルチェである。
 チエコとは初等部の頃からの旧知らしく、学科は別でもしばしば顔を出している。

「まあまあ、とにかく座ろうよ」

 コチアンに促されて、とりあえず席をとる。数分もしないうちに、いつものメンバーがやって来た。

<本日の昼食のメニュー>

・A定食…ポテトグラタン、デニッシュ、シーフードサラダ
・B定食…レタス炒飯、焼き焼売
・C定食…豆腐ステーキ丼、ほうれん草のおひたし、沢庵
・飲み物…各自の好み

 それぞれが決めた定食をお盆に乗せ、ほぼ指定席となっている順に座る。
 それでもちゃっかりチエコの隣に座っているドルチェに向かって、豆腐ステーキ丼に七味をかけながらリーツが声をかける。

「よぉ、ドルチ。今度の聖誕祭の花組の演劇主役、お前やって聞いたで。こんなとこで油売っててええんか?」

 彼の挨拶代わりのからかいに、ドルチェはぷっと頬をふくらませてからあかんべをして思いきり返す。

「へーっんだっ。リーツ、まともにウチの歌声聞あったことないくせになんなっ」
「でもすごいじゃないの、今回あのソリスト押さえての主役なんでしょ?」

 B定食を選んだガリーナが、ランチプレートの焼き焼売を三つ一気にフォークで突き刺しながら尋ねる。

「あーそうとちゃうんよ、それが」

 デニッシュのパンくずを盛大に落としながら食べるドルチェの隣で、チエコは呆れ返って無表情に近い顔でそのくずを律儀に集めている。
 母子のような様子を見て、リストは苦笑を浮かべながら蜜柑頭の少女を諫めた。

「ドルチェさん。喋るか食べるか、どちらかにしなさい」
「ふぁい」

 お冷やで、口の中の物をどうにか流し込んで、ドルチェは再び話すために口を開いた。

「ソリストな、今回あがはええって。『恋姫』の歌姫のイメージやないやん? あの子」

 その言葉に、そこにいた全員がなるほどと頷く。
 光を受けると艶やかに光る長い黒髪、象牙色の肌、ブラックダイヤモンドとガーネットの双眸に長い睫毛……まるで女帝か女教皇のようなソリストを、みんな想像したからだ。
 彼女が演じるオーラと、囚われの歌姫のイメージはほど遠いところにある。
 そして、今目の前に座っている、食べ頃の蜜柑色の髪をあっちこっち自由にさせている少女をもう一度眺めた。
 確かに、恋する乙女役はドルチェが適任であろう。

「で、ソリストは結局何役なの?」
「ソリストはぁ~修道院長!」
『ああ!!!!』

 みんな一様に納得したような声を上げたのは、やはりソリストを想像するイメージに合っていたからだろう。
 ドルチェはグラタンを食べ終わってから、指折り他のキャスト数え始める。

「給仕頭がファルサやろー。んで近衛隊隊長がコントラルト。ハニエルがアリアちゃん」
「……すげーキャスト陣だな。特にアリアがあのハニエルとかはまりすぎじゃね?」

 シーフードーサラダの海老を口に運ぼうとした途中で、ヤマハは肩を震わせている。
 それぞれがドルチェの話に耳を傾けながら、静かに昼食を摂る。
 食後の珈琲を口にしながら、今度はリストがドルチェに声をかける。

「それで、ドルチェさん。男主人公の青年貴族が誰がなさるのですか? もうあのチームで低音パートの方は残っておられないでしょう?」
「そう、そこが問題なんやしょ!」

 そのご最もな質問に、テーブルに手をついて立ち上がるドルチェ。

「ウチのチーム、どっちかっちゅーと女役の方が揃っちゃーるんよなあ」

 そう前置きしつつも、隣でちょうどレタス炒飯を食べ終えたチエコの両手をきゅっと握りしめる。

「ほ・や・さ・け! 善は急げ、才女チエコに助っ人にでてくれよーてお願いに来たんやしょ、ウチが今日この食堂にいてんのは!」

 お昼をしっかり平らげてから、肝心な用事を切り出してくるというのが、いかにもドルチェらしい。みんな苦笑するしかなかった(そのうちの一人二人はため息をついていたが)。チエコは深くため息をついたが、その顔に不快の色はない。

「……まあ、それくらいの器じゃなきゃ、主役なんてやってらんないわよねェ」
「案ずるより産むが易し、か」
「……ってらしいから、チエコ、腹くくって了承してあげたら?」

 最後のコチアンのとんでもない発言に、チエコが慌てて頭(かぶり)を左右に振る。後ろで緩く結われていた髪の一房が、ゴムの束縛から放たれた。

「コチアンっ! 他人事だと思って! そりゃミス・アマティくらい歌が上手いんならいいだろうけど、私は無理! 論外!」
「ははーん? そんなケンソンしちゃってぇ、チエコちゃん。アンタだってナカナカじゃないのん?」

 オレンジジュースを飲み干し、あたしは知っているぞと言わんばかりのガリーナに、チエコはきょとんと目を見張る。

「……どこで聞いたの?」
「この前アンタが裏庭横切ってたとき。あたしその近くの芝生で寝てたのよ、じ・つ・は」
「決定的な証拠は得られたぞ、チエコ君。万事休すだ」
「お転婆やけど一応“レディ”の頼みやで?」

 常識人組のリーツやバスまで珍しく乗ってきた。
 ……もう後には退けないところまで事が進んでいることを、チエコは否応なしに感じた。妙にキラキラした眼で自分を見ている仲間達を恨めしげに睨めつける。

(こいつら……他人事だからって面白がって煽りやがって……)

 義を見てせざるは勇なきなり。チエコは大きくため息を吐いた。さて、この一少女の決断は……。

「この貸しは高いからね……一回、だけだよ」

 答えはYESだった。その瞬間、拍手喝采が起こり、ドルチェが彼女の肩に抱きつく。

 衆人環視。他のテーブルで昼食を摂ったり雑談していた生徒達が、不思議そうにその光景を見つめる中、賑やかな昼食は終わった。

作品名:降誕祭 作家名:狂言巡