ラストプレゼント
ピアノはずっと、そこで歌っていました。
しかし、だんだん壊れて、鍵盤も、ピアノ線も、ボロボロになってしまいました。
ときどき妖怪や魚がやってきて、さわったり揺らしたりしても、歌っていました。
ボロン、ボロロン……。
さて、真っ白な月がでている、美しい夜のことです。
島の人間達は、ボートに乗って遊んでいました。
ボロン、ボロロン……。
海の底から音が響いてくると、みんなは気味悪がって家へ帰ってしまいました。壊れかけたピアノは、おかしな音しか出せなくなっていたのです。
それでもたった一人だけ、悲しそうに海の底を見つめている人間がいました。見た感じ、もう還暦を越えられたお爺さんでした。彼は海の中の、あのピアノの持ち主だったのです。
彼は若いころ有名なピアニストでした。古ぼけた、気味の悪い音を出すピアノでも、お爺さんには、大切な思い出がありました。
両親が急逝して一人ぼっちで寂しかった夜、慰めてくれたピアノ。
恋をして、嬉しくて、たまらない日にひいたピアノ。
そのピアノでお爺さんは、子どもや孫のために子もり歌をひきました。
小さかった赤ん坊は、もう立派な淑女になって結婚し、数人の孫達は中庭でダンスを踊っています。
「あのピアノは、私の大切な友だちだ。私のどんなところも知っていて、何十年も、一緒に歌ってくれた。それが、今はもう、さわることも会うことさえできないところに行ってしまった。私は二度と、大切な家族の一人に会うことはできないのだな……」
お爺さんは、皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして、長くて重いため息をつきました。
「おやすみ……」