さかなととり
4 出会いの妙
びしょびしょで水を滴らせながら川の土手を上がって道路を歩くさかなは、傍目から見れば明らかに怪しさ全快である。
さかなと少年の二人は、思っていたよりも遠くに流されていたようで、行けども行けども先ほど飛び込んだ橋は見えてはこない。
頭上から降り注ぐ太陽のじりじりとした日差しに、うるさいほどの蝉の声。
「なんだよ、ったく・・・。」
本気で田舎が嫌いになりそうだ・・・。
さかなは眉間に皺を作りながら道を歩いていく。
地面に映るのはさかなの影か、たまに空を漂う雲の影。
赤い橋がだんだんと近づいてくる。
足を進めていくそのたびに、母の手料理に近づいていく。
昼に食べたジャムパンだけでは腹を満たすことは出来なかったのか、今にもぐーと大きな音を立ててしまいそうなぐらいである。
この暑さだから服はすぐに乾くだろうと、カバンを放り投げた”はず”の場所に舞戻り母親の家へと向かおうとおもっていた。
やっとで到着した橋の欄干。
先ほど通った橋は、先ほど感じたよりも少し狭く感じる。
なんでだろうか?
多分それは一度着た事があることと関係があるのかもしれないな。
さかなはそう考えながら、ウロウロと周囲を見回す。
橋の下を覗き込み、橋の両端を歩きその近くにある林を検索するが、カバンは一向に見つからない。
「・・・??」
橋のすぐ近くで確か右の方へと投げたのだから、あるとすれば橋の上か遠くに飛んだとすれば道路。
だけど、その鞄は本気で姿を消していた。
「ない。」
言い換えるならば、見つかる様子もほとんどない。
泥棒だろうか?さっき、駅前でこん田舎で事件なんか起きないなんて鷹を括っていたのが悪かったのだろうか?
なんかの撥があたったんだろうか?
少しパニックで、そんな馬鹿な考えをしながら立ち止まって腕を組むさかな。
そこまで悩むタイプでないと自負しているが、こればかりはどうにもならない。
やっぱり、警察に行くべきだよな?
さかなは、ん〜〜と唸りながら数分も立たない内に忌引きを返した。
この場にいたからといって、何が変わる訳でもない。
今頼るべきはここから有に30分以上は掛かるであろう駅前の交番。
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なんで?また駅に帰って行くのだろうか?
汗もだくだくになりながら、さかなは来た道を戻って行く。
着のみ着のままに来たわけでも無い。
断じて。
1週間分程の荷物も詰めて、財布にはお金が三万程は入っていた。
こんな田舎には銀行もなく、銀行のATMでさえも無いだろうと踏んでいたから持っていたお金であったが、無くなってしまってはなんの役にも立たない。
失恋と余りうまくいかない人生を一度リセットしたくて、上手く人生をリセットした先輩である母に会いに来たと言うのになんてざまだ。
目の前にある小石が見えていながらつまづいている自分の姿を見て、さかなは挫けそうになる。
その場に立ち止まるさかな。
道路に映る自分の影が暑さのせいか、熱のせいかゆらゆらと揺らめいているのを気のせいなのか、本気で体調が悪いせいなのか。
風は吹かない、ただの一度も。
さかなはただ足元から立ち上る熱気に、焼き魚と心の中で呟いた。
ただ救いなのは、行きよりも短く感じられる帰りの道のりのみ。
・・・でも往復は、遠いわ。
とほほと、苦笑しか出てこないが視線の先には、まだまだ目的地は見えて来ない。
口を動かすよりも足だな。
さかなは動き出す。
歩く事数分、
やっとの事でやってきた駅前の交番の前だが、そこには交番の警官の自転車は戻っている様子もない。
いくら待っても帰って来る気配も無いし、どうしたらいい?
無人駅から電車を待って乗るのも手では有るけれども、ワンマン電車は乗車の時に払うシステムだった気もする。
はあ、付いてないのもここまで来たら優勝を狙えるんじゃねーか!くそっ。
悪態を付きながらさかなは駅の前にあるベンチ座る。
太陽の光を一身に浴びたベンチは火傷をするんじゃないか?と疑問を抱く程の熱いが、さかなは座る。
未だに濡れている服がじゅっと音を出して煮えそうでは有るがそのおかげで座れない事もない。
ベンチとくっついたジーンズがもうすでに乾燥している事を感じながらさかなは、ため息をついた。
鞄のポケットには、母の住所を記した紙切れに携帯が入ってた。
連絡しようにも出来ねぇよお。
暑いが野宿くらいできるかもしれないけどなあ。
さかなはそのまま地面へと視線を下ろしていく。
コンクリートの地面にはちょうどさかなの足の横に穴が有り其処から雑草が生えてきていた。
うっわ、俺今相当やばい。
頭を抱えて依然としてその雑草に集中していると、そこに東京ではあまり見ないくらいのでかい蟻がその横を通り過ぎているのが見えた。
急に地面に影が出来た事を不審に思ってさかなは頭を上げる。
地面には人型。
「?」
正面には太陽の光を妨げるように、人影があった。
逆光で顔は全く見えない。
あの、手を日差し代わりにするのだがやはり見ることは出来ない。
背は多分さかな程で、猫背気味。
自転車を携えたカーキ色のチノパンに白いよれっとした半袖を着た服装も至って普通の人物である。
だが、声だけはかなり優しいそこまでは低くは無いけれど温かみのある深い声であった。
何と無く座ったそのままで言葉の続きを待つのだが、続きはいつまでも来る事はなく、少しだけさかなをイライラさせた。
「なんか用ですか?!」
ただでさえ、鞄も財布も全てを無くして途方に暮れてる自分に話し掛けないで貰いたい。
もしも道なんかを聞かれたら殴ってやる。
さかなは、そう思いながら地面にぶらんとたらしている拳に力を入れて太ももの上に乗せた。
睨みつけているさかなに、男は急に大きな声をだす。
「あ、あ、ありがとうございました!!!!!!!」
そして同じく急に自転車を放り出して、勢い良くふり下ろされた頭を見たさかなは一瞬なんだ?と自分の目を疑った。
一人の男性、それも頭を地面に付くのではないかと思うぐらいに下ろされた頭。
色素の薄そうな茶色の髪の毛がさらりと前方へと流れる。
(な、なんだか激しくありがとう言われてるぞ・・、俺。)
こっそりとそう思いながら、あまりにも下げられている頭に恐縮してしまう。
さかなは偉そうに座っていた体勢からすぐさま立ち上がると、その下ろされた頭を上げるようにと促す。
顔が上げられたと同時に見えたその顔は先ほど遠くで見えた”鳥先生”だった。
少し長めの前髪が瞳を隠しているが、すぐにわかる。
「ああ〜、鳥先生!」
手をぽんと正面で叩きながら、ちょっと苦笑するさかな。
言われた本人は、多分面識もなにもない人間からそんなことを言われてびっくりしているのだろうか、挙動不審な動きをしながら、なんで名前をしられているのだろうか?と首をひねっている。
「な・・??な、なんで?」
「ああ。さっきの子が、”鳥先生”って。」
「あ!!!透!!!!!・・・あ、その件で、」
「・・・?」