さかなととり
「本当に、ありがとうございます!恩人です!!!」
また、頭を地面につくかと思うぐらいの勢いで振り下ろす男。
そのたびに流れる髪の毛。
柔らかそうな髪の毛がさかなの目の前で揺れ動く。
おもろい人だな・・。
こっそりと、思わずその様子を笑顔で見つめてしまう。
しっかし、こんな風にされると・・。
近くまで寄って、その男の肩をぽんぽんと優しく叩くさかな。
「ちょっと気にしないでくださいっ、俺もちょうど通りかかっただけで・・!!」
「でも、あなたがいなかったらどうなってたことか・・」
通りがかっただけで、人助けもそんなにあることではないが。
もしかすると、助けなくてもあの先はゆったりとした流れがあったのかもしれない。
やっとの事でさかなへと視線を移した男の顔は、正直端正な顔立ちで、東京であればモデルの仕事なんてのも出来たような顔つきであった。
「・・・・・っ」
(うっわぁ、綺麗な顔の人だなっ。)
正直にそう思いながら思わず見とれてしまう。
テレビの放送以外に、こんなに綺麗な顔の人間にはあまりお目にかかったことがないのだから仕方ないことだが、そん所そこらにいる美形が霞んでしまいそうになるくらいの美形である。
切れ長だが目じりが少しだけ垂れた瞳、逆にそれがまた人に甘い印象を与える好印象の顔である。
同じようにきつい目つきだった印象派美人の真理子とはまた違ったタイプの美人顔であろう。
身長は、さかなより少し高いぐらいなので、186,7くらいであろうが、体重は軽いくらいかもしれない。
形のいい唇に、外人並に高い鼻。
シャツの袖から覗く腕なんて、毛も生えてないくらいに滑滑そうある。
史上最強の平凡人のさかなからしてみれば、なんだか全部がモデルを司るような要素に見えて仕方がない。
なんで、神様は平等じゃないんだろう。
「・・・な、なんか顔に付いてますか?!」
まじまじと見つめすぎたのが悪かったのか、それが自分に向かって発せられた言葉だと気がつき、あわてて目をそらせるさかな。
「なんも、ないです!」
顔の前で両手を振るさかな。
照れたように微笑んだ頬は、ピンク色に染まり何故だか嬉しそうだ。
『美男子』とはこんな顔のような人を言うのだろう。
と、さかなは何気に頷いてしまった。
「?」
それを見て、首をかしげている相手の男。
首をかしげて、人に質問をするしぐさなどそこらの女の人ならころっと行ってしまいそうなくらいだろう。
だが、さかなはころりと言うことはない。何を隠そうさかなは、彼と同性なのだ。
「本当に、ありがとうございました。」
次は、頭は下げなかったものそのありがとうには未だに心が篭っており少しだけさかなをこそばゆい気持ちにさせる。
思わず痒くもない頬をぽりぽりと掻いてしまうさかなをしっかりと見つめる男。
「さっき、透・・、うちの生徒なんですけど。あいつに聞いたら名前も言わずに立ち去ったそうで・・・、」
「そ、そんなに気にしてもらうほうが、恐縮してしまうので・・・、」
「あの・・お名前を聞いても・・・、」
「な、名前ですか・・ぁ?」
「はい、恩人の名前を・・。」
綺麗な髪の毛と一緒で同じく薄茶色の瞳がこちらを見つめて、名前名前と訴えているのが、ひしひしと伝わってくる。
それに思わず『名前を言うまでもないだろう』という気持ちが折れてしまうさかな。
「・・・ええと、さかなです・・・。」
言ってしまってから気が付く。
何で俺、下の名前?!!
思わず言った後に口に手を持っていくさかな。
恥ずかしい事に思わず、顔がかぁっと赤くなるのを感じる。
つか、苗字だけを言うだけでよかったのではないか?
そう思ったのはつかのま、目の前の青年はさかなから出た言葉を口の中で反芻をしているようで、しでかしたと言うような表情のさかなを見ることはない。
「さかな・・さん。」
男の口から漏れたのは、さかなの名前。
別に非難されているわけではないのだけど。
さかなは、口に持っていっていた手を取るとすぐに体の横に下ろすと、少しだけ俯いてしまう。
「はは、変な名前ですよね・・、気にしないでください。」
「はは、俺も鳥居で、とりなんで同んじようなもんですね。」
「鳥居誓です。」
綺麗な名前だなっと正直に思った。
『とりいちかい』と言うらしいが、誓だなんて、なんかロマンチックな響きでもある。
それに引き換えさかななんて、正直笑いものになるのも仕方ない名前である。
字画うんぬん関係なく、母親のお父さんが好きな名前を付けたのだ。
名前の意味はさかなのように大きな海で泳ぎ広い心を持った男の子に・・・、って。
さかなは、自分の名前の由縁を考えていたが、すっと視線を上に上げる。
「へ?」
目の前の誓は、笑いをこらえているのか?さかなに背中を見せたままふるふると体を震わせていた。
その姿を見て少しむっとする。
言いたいことがあればいえばいいのに、さかなはむっつりとした。
「でも・・・、それって苗字ですか?」
「名前です。」
「・・・。」
名前名前と言われたら、本当に『名前』を告げてしまった自分もおかしいがそれを笑われる事はないだろう。
恩人だと言われて名前を告げてこう笑われてはなんとも、癪に障る。
「あ、すいません。」
「いいえ、別にいいですけど。」
さかなの考えたそれに気が付いたのか、すぐさままた頭を下げて謝る男。
さかなはむむっと少しの間怒った顔をしていたが、少しだけ顔を上げて許してくれっと言う感じで下から眺める顔を見て思わず噴出してしまう。
美人は何をしても美人だな・・、くっそ。
さかなは、思わず顔を赤らめながら今度は自分が俯いて顔が赤いのを隠した。
「・・ほんと、気にしてませんから。」
「よかったぁ!!!」
すぐさま顔を上げてさかなを笑顔で見る誓。
誓の瞳は閉じられてもっと切れ長にやさしく見える。
「さぁて・・・、」
誓はそう言うと、周囲をくるりと見回してもう一度、さかなを見直す。
さかなは、その動きを不審下に見ていると誓は、少し小さな声で呟いた。
「さかなさん、実は俺あなたに恩人として何かお礼をしたいんですけどねぇ・・・、」
「・・はい。」
また、周囲を見直してさかなにもう一度呟く誓。
「さかなさん、あなたの鞄とかは?」
困ったような顔で首をかしげて、ふにゃりとした笑顔を見せる誓。
「どうみても、あなたここの人間じゃあ無さそうだし。」
そう、話せば長くなる。
さかなは嫌な事を思い出したとばかりに、ううっと唸ってまた頭を抱えてベンチに座りなおし、それをあたふたと見守る誓。
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「・・・と、いう訳です。」
「・・・・。」
橋の上で鞄を投げ捨てて、そこに戻ってきたら無くなっていた話を別に掻い摘む事も無く長々としているさかな。