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さかなととり

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手には、スポンジ素材である小さなタオルと、ゴーグルそして、ゴムの帽子。
帽子には、会社の宣伝の為か大きく篠崎コーポレーションの名が書かれている。
そういえば、この競技会にもスポンサーとして裏で金を流してるんだろうなと、父親の顔を思い浮かべる。
この更衣室に来るまでの道のりにも、のぼりがありそののぼりの端にも小さく”土地を売るなら、篠崎”と書かれていたのを見て頭を抱えた。
息子のこの一大事を食い物にしている人間が二人もいるのだ。
信じられないが、それは恋人と実の父。
己の不幸さを嘆きながらも、さかなは更衣室の扉を開けた。


先ほどまでは感じなかった場内の熱気と、歓声。


「やっばいかもしれないな・・・。これ。」

痛む胃を、抑えながらゆっくりと歩いていく。
更衣室から、続く狭い廊下を歩いていくとその先には水しかでないシャワーがある。
センサーに因って動き出すそのシャワーのすぐ下を通ると冷たい水がさかなの頭に降り注ぐ。
カルキ臭さと、塩素の匂いが充満した室内。
シャワーとプールの間にはガラス張りの扉があり、その中には試合を待つ選手たちが所狭しと待ちわびている。

周囲に群がる選手団。
そして、マネージャーやファンのマスコミの関係者達。
っ口々に騒がれる名前やインタビュアーの声。
そんな声が途絶えた時、背中越しに声がした。
とんとんと肩をつつかれ、その方向へと振り返るさかな。

「篠崎さん、・・・一緒に泳げて光栄っすよ。」
「・・・こちらこそ、お手柔らかに。」


にこりと頭を下げてその選手の方を見ると、さかなよりも大きな体をしていてびっくりした。
鍛え抜かれた筋肉に、余計な脂肪の付いてない体。
さかなもわりかし、背は高いほうで筋肉だって普通にはついているはずなのだが、この人物には負けそうだと本気でそう思った。

もう、試合の雰囲気に負けているのかもしれないな・・・。

さかなは、自分自身に苦笑をしながらガラスの扉へと手のひらを突く。


「まあ、やるだけ・・・・やるか?」


ガラス扉に写る真剣なまなざしは、目の前にあるプールをじっと睨んでいる。



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『第一のコース・・・・』
『第二のコース・・・・安東・・』
『第・・・コース・・・みし』



どんどんと名前を呼ばれコースごとに、立ち上がっていく選手たち。


『第四のコース、篠崎さかな』


手を振り上げるさかなに、大歓声が降り注がれる。
そのまま立ち上がり、ストレッチを始めるが、もう緊張と興奮でどうにかなりそうなのを感じた。

もう、ここまできたらどうにでもなれ!
そう思うしかやっていけないさかな。

ゴム製の帽子を被り、目につけたゴーグルを硬く絞り顔をパンと叩く。
気合は入った。
飛び込み台の上に立ち、じいっと始まりを待つ。
周囲も歓声は引き、静まり返る場内。
選手たちも精神集中をし、飛び込み台の下にある水へと視線をやる。

『よーい・・・』







だが、競技はあっけなく幕を閉じることになる。
そう、さかなの世界水泳最終選考会は、簡単に終わった。
予選は2位と言う結果で決勝まで残ったが、決勝は散々足るもの。
だが、やはりブランクの長いさかなには以前のような粘り強いスイミングスタイルは見られなく、9位と言う微妙な位置につけた。

その結果、恋人にも、「水から出た魚は、なんの役にも立ちはしないわ。」と振られ、仕事も最初から営業に向かなかったのと親の七光りと上手く行かず、姿を消すことにする。



作品名:さかなととり 作家名:山田中央