さかなととり
そう、どこにでも居るような日本男児の顔つきであるさかな。
ただ勝ち目があるとすれば、素直さと笑顔か?
何か企んでいるような真理子の笑顔にはいつでも負けてはいない気がする。
真理子は、手にしていたアイスコーヒーと読みかけていた雑誌を閉じるとさかなが座席に座るのを待つ。
「篠崎くん、・・・2週間ぶりね。」
「そうだよな、真理子も元気そうでよかったよ。」
これって恋人同士の会話ではないなぁ〜と思いながらも、それ以上は話はつながらない。
さっと座席に着くとスーツの上着を隣の空いている席に置くさかな。
外は、台風の風の影響でまだましだが、店の中はエアコンが利いているのはともかくとして、スーツの上を着ているほど寒くもない。
むしむしと暑いほどである。
すぐさま、ウェイトレスの女の子が、オーダーを取りに来たのかこちらへと向かっているのが見えた。
机の横に立てられていたメニュを見て思い出すのは、社の女の子が言ってた「ここのミートソースのスパゲッティはおいしい」という噂だ。
ランチはそれにプラスして、小さなパンが食べ放題(フォカッチャと呼ばれるらしい)と飲み物がついて700円とお徳だと。
さかなは、1ページ目のお得なランチセットへと目を移しながら、真理子へと声をかける。
「・・ええっと、真理子はランチでいいか?」
「あたしは食べてきちゃったからいいわ。」
「・・・そか。」
正直そう簡単に言われて拍子抜けであるが、これもいつものことであるからそんなにも感情的にもならない。
食べてきたならなんで、ランチ時にレストランで待ち合わせをするのだろうか?という疑問は、疑問のまま何時もどおり放置される。
おなかは減っていたが、ここで一人で食べるよりはコンビニでパンを買って食べるほうがなんぼかましだな。
開けていたメニューを閉じて、きつく閉められていたネクタイを少しだけ解き、真理子へと視線をやる。
目の前に座っている真理子は笑顔を見せていたが、すぐに顔をまじめなモノに変えて静かに自分の手を胸の前に組んでさかなの目をじっと見つめ口を開く。
「私ね、今度雑誌に、・・篠崎さかなの復帰記事をのせようと思ってるの・・・。」
「・・・はあ??」
寝耳に水とは、このことか?
本人の名前が出てさかなは驚愕の表情を見せる。
「な、・・・何言ってんだ?!」
さかなは、素っ頓狂な声を出しながらメニューを派手に机に落としてしまうい、隣でオーダーを取ろうとしていたウェイトレスを驚かせる。
ごめんね。コーヒーをと小さくいうと驚きで目を大きく見開いていたがウェイトレスは、小さく会釈をしてオーダーを通しにキッチンへと消えていった。
「おいおい、俺が、何年プールに入ってないか知ってるだろ?」
「何よ、怖いの?元オリンピック代表にも選ばれた人が?」
「・・・それとこれとは別だろ?」
「別じゃないわ。あたし、特集組むんだから篠崎くんにもちゃんとしてもらわないと。」
一応、彼氏でしょ?と小声でつぶやく彼女。
篠崎さかなは、何を隠そう『水の貴公子』と歌われた程の腕前で日本が誇る自由形競技の第一人者”であった・・”。
そう、今は6ヶ月前に切った靭帯の手術をすぐに受けたモノの元の通りには動かなかったので、その人生は終わり今は新たな人生を踏み出しているのだ。
その後、水泳は自主トレ程度、体を鍛える程度には手術後にもやっているがもう、離れていってしまっている。
靭帯の手術代だって、会社に肩代わりをしてもらったのだから、その代わり働いて返さないといけないと日夜努力をしているさかな。
一応彼氏にしても、なんで真理子の仕事のネタの為に協力をしろって。
いくらなんでも横暴すぎるだろ?とさかなは口をぱくぱくさせて反論しようとするが、真理子はさりげなく唇を開く。
「あなたのお父様にも、了解いただいているのよ、それで・・、」
「なっ、」
勝手なもので実の父とはいえ、嫌気が指す。
気のせいかもしれないが頭痛のするこめかみを抑えながら、まだ、続くであろう話を聞く。
真理子の赤い今夏のニューカラーであろうぷっくりとした唇はまだ、閉じる事をしらない。
「選考会へは、勝手に応募しておいたの。ごめんなさい。」
「はぁ!何を勝手なっ・・・、」
ばんっと机をたたいて、立ち上がり大きな声で我を忘れていうが、
店の中にいた客がさかなと真理子へと視線を送る。
騒然とする客達。
その様子に我に返ったさかなは顔を少し引きつらせながら、また座席に座り思わずそこまで大きくない体を小さくして、小声で向かいに座り踏ん反り帰っている真理子に言う。
「・・・勝手なことをするなよ!」
「何を言うのよ、勝手なことじゃないわっ、」
「28歳の男を捕まえて、あなたの変わりにとか言うほうが、勝手だよ!」
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2ヵ月後・・・
(そして、ここにいるんだよな・・・。)
(断れよ、俺。)
ちらつくクールビューティ真理子の笑顔。
(あんな脅しに乗るなよ、ったく・・・、はあ。)
思い出されるのは、父である誠の一言。
「会社の金で、靭帯の整形手術まで受けたんだ。直ったんなら、真理子ちゃんのお願いを聞いてやってもいいだろう。」と、甚だ勝手な親父である。
自分が出るわけでもない、自分が恥を欠く訳でもない癖に。
それにしても、真理子にこんな力が在ったなんて驚いた。
コネがあるとか、なんとかで大きな顔をしてこんな大会まで出場させるまでになった。
普通こういった水泳の試合なんかは、普通は半年位前までにエントリーをしたり、その他の試合でいい成績を残しておく必要がある。
足の靭帯を切った関係でいい成績なんかを残すこともなく、エントリーもしていなかった人物を出そうというのは、はっきり言って難しい。
自主トレはしていたものの、本格的なトレーニングを積んだのは真理子に言われてからなのだ。
足をぶらぶらとさせながら、一応筋肉のリラックスを図るがそんなものでリラックスなんかするはずもない。
立ち上がっては、少し周囲を歩き回る。
そして座るの繰り返し。
以前の水泳の競技会であれば、この更衣室にはすし詰め状態で選手たちが歩き回り緊張する余裕すらなくなってくるのだが。
こうも、一人離された場所へと隔離されているとひどく緊張をする。
だれとも、この緊張を分かち合えないともなるとなおさらだ。
元来さかなは、緊張しーですべての選手権においてまずトイレに駆け込むほどに緊張をし、大きいほうを催すのだ。
が、今回はその緊張が大きすぎたのか胃や腸の方はおかしな音を立てるだけで何も催すことはなかった。
それがいいのか、悪いのか?
「・・・・はぁ・・・。」
ため息を付きながら、壁の時計をみると試合が始まる丁度10分前をさしている。
立ち上がるさかな。