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きのう・きょう・あした

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 「そうですね、山野さんとは、女同士だから何でも話せそうですね」
 「あれ、その時は私はのけ者ですか?」
 「それでは、時々は中里さんもご一緒にということで・・・」
 「その時は、おてやわらかに」

 (よかった、山野さんと佐伯さんは、すっかり気が合ったみたいで、お互いに話し相手
  になれそうなので、きっと良いお友達になってくれるんじゃないかな)

 「佐伯さん、中里さん、このテープです」

先ほど、中座していた山谷さんがもどってきて、カセットテープを二人に手渡した。

 「これは、有り難うございます。帰りに車で聞かせてもらいます。これで、山野さんに
  もインタビューを聞いてもらえます。佐伯さんは、何でこられたのですか。もし良け
  れば、帰りご一緒しましょうか?」

佐伯淳子の今日一緒に来ているお友達も北九州の人間だとばかり、思っていました。

 「いえ、今日は久しぶりにお友達とあったので、コンサートが終わってから、二人でゆ
  っくりします」
 「お友達は、福岡のかたですか?」
 「そうなんです、私も以前福岡勤務だったものですから・・・今日は山野さんとお二人
  水いらずでお帰り下さい」

何だか、山野明子とまた二人きりで小倉まで帰るのが、嬉しいような、怖いような、妙な感覚に襲われました。


いよいよ、二部のステージが始まりました。けっして、大きくない体のどこにこんなすごい
エネルギーがあるんだろうと思わせるような、パワフルなステージです。インタビューで言って
た通り、ドラムも演奏しました。大太鼓もたたきました。

 (あんな、大病をして、死線をさまよった人にはとても思えない)

そして、激しい曲のあとに一転して、『きのう、きょう、あした』が始まりました。前奏が始まった
と同時に、正彦も、山谷士郎も、山野明子も、佐伯淳子も、全員体を前に乗り出していました。
渡辺知子さんの自宅で生で聴かせたもらった時の感激が3人の脳裏には思い出されていました。
そして、山野明子の目からは押さえきれない涙が、ほほを伝わっているのが、正彦の心には
見えました。そして、流れてくるメロディーに合わせてかすかに口ずさんでいるように、感じました。

 (どんな、想いでこの曲を聴いているのかな? きっと、天国の弟さんに聴かせてあげ
  てるんだろうな・・・)

この曲が出来たいきさつを知ってる今、横でこの曲を聴いてる山野明子の心を想うと、二重の
感動とせつなさで、思わず正彦の目からも一筋の涙が流れてきました。


山野明子と、佐伯淳子とが、今度きっとお会いしましょう、と約束して会場の出口で別れました。

 「佐伯淳子さんて、ほんとうにチャーミングな方ですね。中里さんが、メールに書かれ
  てたのも、納得いきます」
 「ちょっと、あれはまずかったかなと反省してるんですが、思わず本音が出たって所で
  しょうかね。でも、山野さんも、負けず劣らずに、素敵ですよ」

駐車場へ向かう道すがら、こんな話をしてしまっていました。

 (どうも、最近感激すると我慢と言うものを忘れてついつい本音を漏らしてしまう、こ
  れじゃいかんな・・・)

 「あれっ、本気にしてしまいますよ」

そう言って、屈託無く笑う山野明子の横顔を思わずじっと、見つめていました。
山谷さんから貰った、渡辺知子さんのインタビューのテープを聴きながら小倉へ向かって車を
走らせています。60分の録音時間なので聞き終わる頃はもう小倉に近づいていました。
その間二人はほとんど会話らしきものはしていないんですが、感動を一緒に出来てると言う
満足感が正彦を包んでいました。多分、山野明子も同じ気持ちでいてくれたに違いないと
確信してました。特に玖珠町でのコンサートの後の大石剛さんの感想「長生きして、良かった」
という所では、横で山野明子が嗚咽を我慢しているのが、顔を見なくてもはっきりと分かりました。
正彦も思わず一筋涙がほほを伝わっていきました。

 「もし、よろしければこのテープもお貸ししますから、お家で又ゆっくり聞いて下さい」
 「ありがとう御座います、そうさせて下さい。詩集と一緒にすぐにお返ししますから」
 「いえ、別に急ぎませんから、ゆっくりでいいですよ」

そう言って、正彦は少し後悔しました。

 (早く戻してくれると言うことは、またすぐ山野さんに会えるんだったのに・・・)


人間歳を越えて、一つの事に同じ感動を味わったとき、何かしれない連帯感のような感情が
芽生えてくるものである。これは、まだ愛とは言えない感情ではあるが、愛に発展していく
可能性は非常に大きい。

 (歳も18才も離れているし、俺には女房、子供がいるんだ・・・)

こみ上げてくる、感情を押し殺すように自分自身に言い聞かせて、つとめて平静を装っているのです。

 「もうすぐ、志井に着きますけど、どこまで送りましょうか?」
 「あっ、もう志井ですか・・・それではモノレールの駅の近くで適当に捨てて下さい。
  今日は本当に何とお礼をいっていいか、後日きっと、このお礼はさせて下さい。お願
  いします」
 「いや、お礼なんて、気にしないで下さい。私もとっても今日は充実した一日を過ごせ
  て貴女に感謝しています。それでは、ここらでよろしいですか?」

 (また、心にもないことを言って、多分本当はまた近く会いたいと思ってるくせに!)

 「ありがとう、ございました。あっ、そうだ、今度お目にかかれる時に出来れば、渡辺
  知子さんのCD『心』を貸していただけませんか?ダビングさせて頂きたくて」
 「わかりました、またメールにて日程の打ち合わせはしましょう」
 「では、気を付けてお帰り下さい。また、お会い出来るのを楽しみにしています」

そういって、車から降りて手を振った山野明子を後に残して、正彦は自宅へと帰っていきました。

 (まあ、儀礼的な挨拶だとしても、またお会いしたいと言ってもらえるなんて、幸せな
  気分だよな、こんないい気分は何年、いや何十年ぶりだろう・・・)

四十を過ぎて、あまり心躍ることの少ない平凡な生活を繰り返していただけに、2月1日に、
あの『きのう、きょう、あした』を聴いてからの、心の変わりようにびっくりしていました。

 (何だか少し、気分的に若返ったみたいな感じがするけど・・・家に帰ってから、あま
  りウキウキした顔をしておくと何を勘ぐられるかわかんないな)


家に帰り着いてからは努めて平静を装っていました。くだんの徳利で、ちびりちびりと晩酌を
しているときも、今日はテレビをちゃんと見て、おかしいところは笑い、悲しいところはしんみり
としているつもりだったんですが

 「あんた、きょう少し変ね? いつもと違う。ん、絶対違う。今日はぶつぶついわない
  じゃない。今日何かあったの? 白状しなさい!」
 「あ〜ん、別に何もないよ、あるわけがないだろう。ただ、渡辺知子さんのコンサート
  にとても感激しただけだよ」
 「ほんと? どうもあやしいわね、ところで今日一緒に福岡へ行った若い女性はどんな
  人なの?」