きのう・きょう・あした
のページに行き当たったんです。最初のページから私の好きな曲が流れてきて、感動し
ました」
「そうですか、山野さんも『WithoutYou』がお好きですか? 僕も、ここまでマライア・キャリー
を好きになったのはあの曲を聴いてからですね。 あの悲しい歌を、あそこまで悲しく歌える
この人は何者だ!といった、感じでしたね。世間ではマライア・キャリーの事を7オクターブ
の歌姫といってるんですが、勿論あの驚異の音域もすごいし、歌も抜群に上手ですよね。
でも、私が最も好きなのは、彼女の声ですね。歌によって、フレーズによって、微妙に声質
が変わるです。私は、レインボーボイス、7色の声、と一人で言っているんです」
「昨年3月に、東京ドームでコンサートをしましたよね? 行かれました?」
「いや〜、勿論行くつもりでした。チケット予約開始の日は、ずうっとダイヤル回しっぱなし
だったんですが、結局話し中で、つながらずに2時間後には、もう完売しましたという、
メッセージが流れていました」
「それは、残念でしたね・・・私はそこまではないんですが、何か歌を聴きたいなあ、と思う
ときは、なんだか知らないんですが、マライアのCDを聴いています」
「山野さんは、日本の歌では何か好きな歌手とか、グループはあるのですか?」
「そうですね、ドリカムとかはよく聴きます・・・」
「なるほどですね、歌、上手ですからね。私は、現在の歌手にはあまり好きな人はいなくて
、ちょっと古いんですが、いまだに山口百恵が好きなんです。15歳でデビューした当時
は決してファンでも何でもなかったんです、むしろ森昌子のほうが、歌は上手だし好き
だったんですが、山口百恵が『秋桜』とか『いい日旅立ち』をうたったでしょう。あれを聴いて、
いいなぁ〜と思ってファンに成ろうかな、と思ってたら、突然引退してしまうし、がっかりでし
たね。当時は三浦友和が憎いとおもいましたが、今になってみると、とても健全な家庭を二人
で作っているみたいで、ほんとに良かったと思ってます。でも、いまだに週刊誌やテレビは
山口百恵の名前があると、売れ行きが伸びるといいますから、すごいですね」
「私も、彼女の歌はよく聴きます。特に『秋桜』は、結婚する娘の気持ちを歌たったものでしょ?
同姓の適齢期の、いやちょと過ぎましたか、女としては、グッとくるものがあるんです」
30分ほど市内を抜けると、やがて高速道路の小倉南インターに到着しました。ここから高速に乗って福岡へと向かいます。
「ところで、山野さんのお住まいはどちらなんですか?」
「あ、私の家は今通ってきた、志井の近くなんです」
「えっ、そうなんですか。それじゃ、わざわざ小倉駅まで出てきて貰わずに、志井の付
近で待ち合わせればよかったですね」
「でも、中里さんが指定されたKMMビルあたりが、初めて待ち合わせるには分かり易
いと思いました」
何だか、初めて会う二人とはとても思えない感じでした。もっと、以前から何度もいろんな事を
話しているように思えてきました。でも、実際にはまだ、彼女のことは何にも知らないのです。
「山野さんは、生まれも北九州なんですか?」
「いえ、生まれは広島なんですが、私が生まれてすぐ父の転勤で北九州に引っ越してき
て、結局そのまま北九州に居るんです。ほんとうは、私が中学のとき転勤の話があっ
たのですが、既に弟が入院していたものですから、転勤を断ったら会社に居づらくな
ったって、脱サラして母と二人でちっちゃな商売を始めたんです。何とか商売の方が
上手くいって、兄も、私も大学まで出して貰ったんです。」
「保母さんに成ろうと思われたのは、やっぱり弟さんの事があるのですか?」
「そうですね、はじめは看護婦さんも考えたのですが、いろいろ迷った末に、保母さん
の方を選びました。でも毎日子供達と楽しく過ごしてますから、結果的には良かった
って思ってます。ところで、今日は佐伯さんもお見えになるんですよね?」
「ええ、チケットを2枚購入されてましたから、多分どなたかとご一緒じゃないでしょ
うか。わたしも、先日の渡辺知子さんのお宅におじゃましたときが、初対面でしたか
ら、ほんの少ししかお話ししていないんですけど。でも、とってもチャーミングな方
ですよ。山野さんとも気が合うんじゃないかな。多分、歳も近いと思いますから。山野
さんは30前ですよね? レディに歳を聞いたら無礼ですね」
「いえ、いいんです。今度の6月で大台です。もう、私もおばさんに成ってきました。
2,3年前までは、保育所でも”お姉さん”て呼ばれてたのですが、最近の子供連中
は、もう『おばさん』ていうんですよ。だから『おねえさんでしょ!』といっても、
『だって、僕のおばさんと同じくらいだもん』って。がっかりですけど、現実に歳は
とってるんですから、しょうがないな、って、あきらめています」
そういって、ふっふ、と、かすかに笑った明子の横顔が妙に色っぽかった。
「でも、山野さんが、おばさんなら、私なんか、もう、おじいちゃんですよ。情けないけど」
「あのう、中里さんて、おいくつなんですか? 男の方に歳を聞くのって、やっぱし失礼
なんですかね?」
「いえいえ、かえって聞かれた方が嬉しいものですよ。私は1949年の3月生まれです
から、来月で48歳です。今年が年男なんです。そういえば、6月過ぎると、あなたとは
同世代になりますね」
「えっ? どういう意味ですか?」
「6月になって、あなたが30歳を1日でも過ぎれば、切り上げ40歳、私はまだ切り捨て
40歳ですから・・・」
「わ〜、ずいぶんとひどい計算ですね。でも、いいです。切り上げ40になります」
そう言って、屈託無く笑う姿が、妙にまぶしかった。
(とても、今日が初めて会うなんて思えない。人と人との出逢いというのも、妙なもん
で、長く話していても、どうもうち解けられない人もいれば、ちょっと、話しただけ
でもう何年も友達同士だったんじゃないかと思える人がいるけど、山野さんは、まさ
にそんな人だ。ただ、山野さんが、どう思っているかはわかんないけど・・・)
小倉南インターから高速道路に乗り、走行車線を流れにまかせて福岡に向かって来たの
ですが、何となくいつもより、早く福岡インターに着いたんじゃないかと、錯覚するほど時の
流れが気にならない時間でした。仕事で高速を利用するときは、結構スピードを出して
追い越し車線を走ることが多いのです。人間いつも、このような幸せな気分で運転出来たら、
無謀運転も無くなって、交通事故も少なくなるんじゃないかな、と考えてしまってました。
福岡インターを下りて、一般道路を福岡市内に向かっていきました。
「山野さんは、福岡には良くこられますか?」
「いえ、車がありませんから、滅多に福岡には行きません。買い物は北九州で十分です
作品名:きのう・きょう・あした 作家名:中原 正光