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瑠璃の海、琥珀の空。

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 全員が食べ終わる頃、柊也さんはこのままうちに来て酒でも飲まないかと提案した。ヴィンテージのいいワインが手に入ったから、みんなで分け合おうって。
 時を越えて存在するものが私は好きだ。だから例えば美術館などで、数百年前に生きていた画家の絵なんかを目の前にすると、過去が今ここに、私の前に存在する、ただそれだけのことで――泣いてしまう。出来の良し悪しなどは、その絵の前を過ぎ去っていった時間のことを思うと、ほんの些事と化してしまうのだ。私にとっては。
 星の光などもそう。星の輝きの美しさそのものよりも、その光が何光年も昔に瞬いたものであるという事実に想いを馳せ、その途方もない孤独さに心揺さぶられる。
 静かに佇む孤独はいつも私を圧倒させる。ほとんど打ちのめされてしまう。しばらくその場から動けなくなってしまうほどに。
 だから私はそのワインの味に圧倒されたい、打ちのめされたいという気持ちもあった。けれども、それ以上に優先されることが私にはあったのだ。
 自宅へ誘う柊也さんの肩に、桃子はぽんと手を置いた。
「駄目よ、柊也。恋人たちの時間を邪魔しちゃ。もうそろそろ二人っきりにしてあげないとね?」
 そう言って桃子はにっこり、絵画の中の貴婦人のような艶やかさで微笑み、優雅に席を立ったのだった。
 柊也さんはカイムのことをよく知らないのだ。万里の波濤を越えた向こうに、ローザという美しい恋人を残してきていることなんか知らない。
 だから、これが最後かもしれないだなんて夢にも思わないのだろう。来年の今頃カイムはここに居ないかもしれないだなんて。私たちに与えられた時間は初めから限られていただなんて。思わないのだろう。
 でも桃子は知っている。いつかは失われてしまうということと、失われてしまったときの悲しみとを。まだ何も知らなかった高校時代に彼女は、水泳という生涯の伴侶であったはずの存在を失ったのだから。
 桃子には――その決定的な喪失を乗り越えて今、別の場所に立っているという強さがあって、それで私は彼女に惹かれてしまう。永遠を欲しない桃子。野の鳥のように自由な桃子。
 私は――桃子のようには、なれそうにない。喪失の約束されているものを得たそのときから、私はすっかり弱りきって、一人では生きられない体になってしまった。
 私の肺はきっと、カイムが吸って吐いたのと同じ空気でないと、受け付けないだろう。カイムの青い瞳が映している景色と同じものでなければ、私の網膜が受け取る世界はもはや色を失うだろう。いつの日が見た雨上がりの曇った灰色の海と同じように。カイムがいなければ――。
 失う、いつかのそのときが、やがて訪れる決定的な未来が、ひどく恐ろしい。
 だけれども――私はふと思う――永遠に失われないものなんてこの世に存在するだろうか。
 すべてのことはいつか失われる。
 みんなみんな、そんな壊れ物を大事そうに抱えて、どうやって両の脚だけで歩いているのだろう?