瑠璃の海、琥珀の空。
桃子は大学生のとき、声楽サークルに所属していて、その歌声はなかなかのものだった。私は特に、彼女の歌うハバネラが好きだった。桃子が歌うと、オペラ歌手でもないのに、本当にカルメンみたいで惚れ惚れするほど格好良かったのだ。たとえハバネラを歌っていなくとも、桃子はカルメンのようだった。華やかな顔立ちに、いつも挑戦的な目つきをしていて、真っ赤なルージュを引いている。桃子に憧れる者は、男女問わず、何人も居た。
在学中、私は何度もその透き通るような歌声を録音させてくれと頼んだが、ことごとく断られた。それは照れからくるものだと思っていた。
でも、先週の日曜。知り合いにパソコンで録音する機材を持っている人がいるから、その人に手伝ってもらって、歌をCDに焼いてしまって、売ってみてはどうかと提案したら、それも絶対に嫌だと言われてしまった。その人は自分で焼いたCDを売って小遣い稼ぎをしている。桃子だってそれくらいの、いやそれ以上の歌唱力があるのに才能が勿体ない、と言っても首を縦には振ってくれなかった。照れの問題ではなかったのだ。
「絶対に嫌よ。私の声をCDに焼いてしまうだなんて。永遠に変わることなくそこに残ってしまうってことでしょ? 氷漬けにするってことでしょ。そんなことしたら、その瞬間に、その私の声は死んでしまうことになるわ」
そのとき私たち――私と桃子とカイムと柊也さん――は近所の手頃な価格のイタ飯屋でディナーを食べていた。私たち四人はときどき、特別なことがなくとも、特別な食事をするわけでなくとも、集まって話をする。
桃子はお気に入りのラザニアを大ぶりのスプーンで豪快に掬い、頬張りながら言った。
「永遠とは、それすなわち死よ。ずっと変わらずにそこに在るだなんて。そんなの死んでるのと同じだわ」
ラザニアのミートソースで口周りを赤くさせながら言う桃子のその台詞に、柊也さんは苦笑した。
「それ、永遠の愛を誓い合った夫の前で言う?」
「だから、結婚は女の墓場だってよく言われてるのよ」
桃子と柊也さんは、桃子が大学を卒業してすぐに結婚した。花嫁姿の桃子は見ていると魂が抜けてしまうのではと思うほどに綺麗で、だけれども花婿の柊也さんも負けないくらい輝いていた。まるで光の君みたいに。
柊也さんは全体的に色素が薄い。柔らかな薄茶色の髪は、染めているのではなく天然物だ。ほとんど金に近い。本当に日本人かと疑ってしまうほどに肌も白くて。タイタニックの主人公にちょっと似ている気がする。あれに日本人のDNAを注射したら、きっとこんな感じになる。
「墓場だってさ」
柊也さんはわざとらしく肩を竦めてみせ、カイムに目配せした。カイムは愉快そうに声を立てて笑った。
作品名:瑠璃の海、琥珀の空。 作家名:明治ミルク