いつかのさよならまで
問い返された声は、いつものような、ふわふわと幻想を語るものとは違い―――やけに、リアルだった。
「生まれ変わったら何になりたい?」
「信じてないから、わからない」
即座に答えた僕の声は、まるで他人の声のように聞こえた。他人事のように、聞こえた。夕焼けに沈む風景は『いつも』のもののはずなのに、違う世界に一人、迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
「私は信じてる。だから私は生まれ変わるのが怖い」
彼女はうつむいていて、
「私は私が私でなくなってしまうのが、怖いよ」
僕は、
「生まれ変わりたくない」
彼女がどんな表情をしているのか、
「それくらいなら、ずっと幽霊のままがいい」
……わからなかった。
**
「じゃあ、またね」
「うん、また」
僕は『いつも』のように彼女と別れ、夕暮れに飲みこまれた道を歩きだした。十歩、僕が進むとやっぱりまた『いつも』のように彼女の悲鳴が聞こえる。耳を澄ませないと聞こえない、ごくごくか細い声。生命の途切れる音。僕は振り向かずにまっすぐ歩く。それが『いつも』のことだから。『いつも』『いつも』『いつも』・・・・・君は、死んでしまうから。それは、決まったことで、もう覆せない、ことだ。暗い目をした男が刃物を振りかざし、君の柔らかな腹を
ドンッ
「あ……」
乾いた音と共に、僕の時間はスローモーションに変わる。
骨が内臓を守りきれずへしゃげる激痛と、やがて迫りくる地面への恐怖を他人事のように感じながら、僕はただ彼女と歩く、決してたどりつけない帰路を想っていた。
**
「また会った、ね」
「うん、じゃあ、一緒に帰ろうか」
僕たちがどこかに帰りつける日はきっと、もう来ない。
彼女が夜道で通り魔に刺され、僕が帰り道で車にはねられたあの日から、僕たちは繰り返し繰り返し、死までの道筋をたどっていた。何故だかはわからない。回避することも叶わないまま、残酷なまでに不条理なまでに、僕たちは繰り返す。
僕は『死』すら『日常』とすることで確定している『死』への恐怖を薄めた。おそらく彼女は、幻想だけを語ることで『死』という現実から直前まで逃げているのだろう。彼女は逃げるしかないのだ。彼女の鮮やかな感性は、僕と違って鈍ることなく『死』の痛みを感じてしまうようだから。
死んだ後の彼女は、青い顔で口数が少ない。一歩、二歩、並んで歩いて僕は待つ。『いつも』のように、彼女が口を開くまで。
「ねえ、もし―――」
いつかの『さよなら』まで、僕と彼女は、この道を共に歩き続ける。
君の隣で、僕はこの『いつも』が、永遠に続けばいいと思った。
作品名:いつかのさよならまで 作家名:白架