習作「秋に遊ぶ」
佑樹は返す言葉を探して、止めた。ほぼ同時に青桐の向こうで勢い良く扉の開かれる音がした。青桐がびくっと肩を震わせた。こんな音を立てるのはあいつしかいない。思わず深く息を吐いた。
弾むような足音が数歩して、入り口に鈴の姿。息を切らして片手に三つの弁当箱を抱えていた。視線がこちらを捉え、それから青桐に向く。青桐はまだ固まっていた。よっぽどビビったらしかった。佑樹は鈴に向かって呆れたように言った。
「お前な、扉の開閉は静かにしろよ……ガラス戸だぞ? 割れたらどうするんだよ」
鈴は意に介した風もなく笑って、青桐に近づいた。青桐の後ろに立つと鈴の方がだいぶ背が高い。彼女は空いている右手で肩を叩いた。「おーい、青桐くん大丈夫?」
青桐が再び肩を震わせて、それからゆっくりと振り返って鈴を見た。安堵の息をもらし呟くような声。「高槻さん脅かさないでよ……」
佑樹は片手を上げ、二人の会話を遮るように口を挟んだ。
「なあ、お前らって知り合い? あと、とりあえず座ってくれないか。ずっとこうしてるのは辛い」
精神的に、という言葉は飲み込んで鈴に視線をやれば、鈴が頷いた。青桐の肩に手を置いたまま、導くように押して佑樹の左隣の席に座らせた。彼女自身は佑樹の後ろを通って向かい側の席に腰を下ろした。弁当箱をそれぞれの机に配って、一言。
「まず、ごはん食べちゃおうよ」
三人が弁当を食べ終わったのは昼休み終了十分前のことだった。佑樹は箸をケースにしまいながら、弁当箱をしまっている鈴を見た。女子の中でも背が高い部類で、すらっとした体型。大きめの真っ白いカーディガンセーターに、水色のシャツ。襟元には灰色チェックのネクタイ。指定のリボンではなくネクタイをつけるのは、女子たちの流行らしい。こちらの視線に気が付いたのか鈴は顔を上げた。
小さい顔に豊かな黒髪。わずらわしさを嫌ったショートカットの髪型は生来の量の多さのせいで少し外に跳ねて見える。黒目勝ちのくっきりとした瞳と視線が合った。小首を傾げて。
「祐くん?」
佑樹は箸ケースを弁当箱の脇に置き、鈴と青桐を交互に見やって言った。
「お前らって、どういう繋がりなんだ?」
答えたのは鈴だった。しまい終わった弁当箱を机の隅に押しやって。「ゲーム繋がり、だよ。この前オーラルの授業でペアになってさ、休日の過ごし方ってお題で話してる時に息が合っちゃって」
青桐の方を見てみれば、彼は照れ笑い。「テレビゲーム、好きなんだ。イメージに合わないって良く言われるだけどね。高槻さんが、きっと南井君と話が合うだろうって」
「まあ、俺も好きだけど。青桐、君は……例えばどんなのが好きなんだ?」
「青桐でいいよ。『ゼルダの伝説』とか『風来のシレン』のシリーズとかが好きかなあ。基本的にはRPGが好きだよ。ストーリーよりもシステムの方優先で考えちゃうな」
どちらも佑樹の好きなタイトルだった。机の上に頬杖をついて頷いた。そしてこちらも返してみる。「じゃあ『ファイアーエンブレム』とかも好きなんじゃないか? あとはちょっとマイナーどころだと『ライドウ』シリーズとか」
青桐は大きく目を見開いた。大きく頷いて佑樹の方に向かって座り直した。目を爛々と輝かせて興奮した調子で。「両方とも大好きだよ。『ライドウ』は一作品しかやったことがないんだけど……でも面白かったな〈悪魔合体〉」
「確かに。あれは面白いよな。戦闘のパターンとしてもバリエーションがでるし」
そこで鈴が身を乗り出してきた。「ちょっとお二人さん、『FF』を忘れてない?」
佑樹は即座に返した。「俺はグラフィックで売るゲームは嫌いだ」
「なによそれー。グラフィックだって重要な要素でしょ」鈴はカーディガンの袖をいじりながら頬を膨らました。それから青桐の方へ向けて「青桐くんはたしか『FF』好きなんだよね?」
「『FF13』はかなり好きだね」青桐はでも、と付け足すように。「戦闘がコマンドなのはちょっと残念かなあ。あのグラフィックでアクションができたら最高だね」
「『FF13』か。んー、あれはコマンドだけど難しかったな、時間的に結構制限されてるし。あれでアクションにされちゃったら私はできないよ。判断が追いつかないって」
「じゃあ」と佑樹は口を挟んだ。鈴を指さして。「『ニーアレプリカント』はどうなるんだ? あれはアクションだけど鈴も気に入ってただろ?」
とたん左で強く机を叩く音。つられてそちらを見れば青桐が口を開閉させていた。目もこれ以上無いってくらいに見開かれている。結構リアクションがオーバーだ。
「『ニーアレプリカント』! 南井君、あれ知ってるの?」若干どもるような調子が戻っていた。「あ、あまりにもマイナーだから誰も知らないのかと思ってた」
確かにマイナーなタイトルではあった。それでも友人から勧められたものだったのでそれなりの知名度があると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
佑樹は体を青桐の方に向けた。「あれは面白いゲームだよな。二周目で色々とひっくり返されるのがいい。一周目のハッピーエンドが覆される展開には驚いた」
「あとは四周目だよね。さすがにクリアと同時にセーブデータ消去は衝撃的だったなー、最初バグかと思ったもん」と鈴が続けた。
青桐はしきりに頷いていた。それから嬉しそうに微笑んだ。「こんなに趣味の合う人たちいたんだなあ……」
「ねえ」と鈴が手を伸ばして肩をつついてきた。口の端を少しだけ上げたいたずらな笑みで。「青桐くん、面白いでしょ?」
「そうだな」と返して佑樹は思いついた。「惣一の奴と会わせたらもっと面白いかもな。意外な組み合わせで。明日もここで昼飯にしないか? そしたらあいつ連れてくるから」
鈴が頷いた。その時ちょうど予鈴が鳴った。
放課後、佑樹は再び進路資料室にいた。昼に鈴が座っていた席に着き、机の上で両腕を組んで突っ伏していた。放課後はここで鈴と木崎を待つのが常だった。二人は部活に入っているので、帰りはいつも日没に近い。
持て余した暇と眠気で段々と意識がぼんやりしてきた。眠気を払うように頭を振って上体を起こした。何度か瞬きを繰り返して目を覚まさせる。しかし、まとわりつく眠気は去りそうにはなかった。
ふと斜め右の席を眺めて考えた。どうして鈴は青桐を自分と会わせようとしたんだろうか。鈴はその性格上すぐに他人に馴染むから友人は多いが、その相手をわざわざ俺に会わせようとしたことはなかったはずだ。確かにゲーム好きの知り合いって点では繋がりがでてくるかもしれないが、どうもそれだけでは弱い気がする。
そんなことを思った時だった。廊下の方から足音。スニーカー特徴のゴムの鳴る音が快活なリズムで近づいてくるのが聞こえた。ステップを踏んでいるように聞こえるのは、音の主の歩幅が異様に広いせいだった。
一定のリズムが止んで、戸が開かれた。教室内に飛び込んできたオレンジ色。部活帰りの木崎の姿。百七十八センチの長身にがっしりとした体つき。そこに蛍光色に近いオレンジ色のジャージを着ているものだから目に付くことこの上ない。校内はともかく、登下校の時もこの格好なのだ。