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習作「秋に遊ぶ」

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 マンション二階の角部屋内の一室。六畳の広さのフローリングの部屋。北向きに二面の窓があり、窓枠の下にベッドが側面を寄せて置かれている。東の壁にはベッドに隣接して天井まで届く本棚と洋タンスが並び、対面西には長い机とキャスター付きのイスが一つ。
 南井佑樹は机の前に立ち、通学鞄の中身を整理していた。身長は百七十センチ。体重五十八キロと男子高校生の平均よりはやや小柄な体格。撫で肩のせいでよけいに華奢に見えてしまい、もう二年近くも着ている制服の肩幅がいまだに合わず落ちてくる。
 段々とずれていく肩の布を誤魔化すようにブレザーの合わせ目を両手で直した時だった。後方で携帯電話の着信音。単調な電子音が一秒間隔で鳴っていた。それは聴きなれた音だった。
 佑樹は右に振り返ってベッドの東向きに置かれた枕元に歩み寄った。マットレスベッドの端に片膝を乗せて枕の下に手を突っ込んだ。音源を手探り掴み、引っ張り出す。サブディスプレイには?高槻鈴?の文字。携帯電話を開き通話ボタンを押して耳にあてれば聞き慣れた幼なじみの声。
「ぐっもーにん、祐くん。今日はちゃんと起きてるかい?」
 相変わらずのハイテンションだった。毎朝どうしてそんなに元気なのか。そしてどうして同じことを繰り返させるのか。聞いてみても無駄なことは良くわかっていた。
「起きてるよ。それと、今日はっていうの止めろ。俺は毎朝ちゃんと起きてるだろ?」一度ベッドから膝を離して、体を返して縁に腰を下ろした。「とりあえず、おはよう」
「おはよう。あ、今日の昼なんだけどさ、いつもの所じゃなくて進路資料室でもいい、かな?」
 伺うような声だった。いつもなら一方的に言い切ってくるはずなのに。
「別にいいけど。じゃあ今日も弁当よろしくって伝えといて」
「りょーかい。また後で」と挨拶一つで通話は切れた。佑樹は携帯電話を閉じて、ブレザーの右ポケットにしまった。立ち上がって部屋の中心に進む。左手の本棚を流し見て通り過ぎ、隣の洋ダンスの前で立ち止まった。観音開きの扉の左側は姿見になっている。
 自分の姿が正面に映るように立った。白いシャツに濃い青のブレザー、下は灰チェックのズボンという格好。着慣れてきて少しくたびれ始めた制服。ネクタイは式典の時以外は着用自由なので付けていない。シャツの第一ボタンだけを開けて、中に一枚黒のTシャツを着ている。Tシャツ一枚でも少しは体格が誤魔化せるのだ。
 視線を真正面に向ければ自分自身と目があった。耳の半分ほどまでの長さの黒髪は緩くウェーブがかっていて、天パだか寝癖だかわからない。顔ははっきりとした二重目蓋だけが特徴の日本人的な薄い顔付きだと思う。幼なじみの言葉を借りれば「意志の強そうな優男」らしい。
 佑樹は一部だけ外側に跳ねていた髪を手櫛で撫で付けた。最後にブレザーの合わせ目を直して振り返った。正面机の左端、卓上用の小さなデジタル時計を見る。時刻は七時三十二分だった。ほぼいつも通りの家を出る時間だった。
 机の左にある扉に進み、通りざまに机から通学鞄を取った。それを右肩にかけて逆の手で扉を引きあけた。扉の脇、肩の高さにある明かりのスイッチを落として部屋を出た。


 昼休みを告げるチャイムが鳴ると共に佑樹は席を立ち教室を出た。教室右隣、校舎の中央に位置する階段を登る。購買に向かって階段を駆け下る生徒たちとすれ違いながら四階を目指す。四階は特別教室が集まっている階になっている。東西に伸びる校舎の東の端に進路資料室はあるのだった。
 四階に着いて左に曲がる。廊下は人の気配もなく、外からの光が入って明るくなっていた。真っ直ぐ先の正面に非常階段に通じるガラス戸があり、左側には教室の入り口があった。右側は校庭に面した窓がずらりと並んでいた。
 佑樹は窓の外を眺めながら廊下を進んだ。校庭の真ん中辺り、青い塊が何かを運んでいるのが見えた。どうやら男子生徒たちがサッカーゴールを運んでいるようだった。ハーフコート用の小さめのゴールで、三人がかりで運んでいた。その中に一人、知り合いらしき人影を見つけた。青の指定ジャージの中で一際目立つドギツいオレンジ。他の二人に比べて一回りは大きいように見えるやつ。どうやらあいつが陣頭指揮を執っているらしく、残りの生徒たちをゴールごと引っ張るように移動している。どうあっても周りを振り回すやつだ。
 佑樹は足を止めた。すでにガラス戸の前まで来ていた。内鍵を開けて左を向く。引き戸の扉に手書きで進路資料室と書かれた紙が貼られていた。紙の横に開いている縦長の長方形の窓から中を覗いてみる。中は無人のようだった。引き戸を開けて中に入った。
 教室の中は薄暗かった。正面の壁に並んだ窓は全てカーテンが閉まっていた。右手すぐの壁には大きなホワイトボードがかかっている。教室中央には机が八個、向かい合わせで二列に並べられていた。その向こうには背の低いロッカーが置かれていた。
 佑樹はホワイトボードの手前の明かりのスイッチを押した。手前の列、右端の机に寄って椅子を引き腰を下ろした。ぱっと部屋が明るくなる。ちょっと眩しいくらいの光だった。机の上に片肘をついて頬杖をつき、ぼんやりと窓の方を眺めた。くすんだベージュ色のカーテンは右端のところだけ長くなっていた。床ぎりぎりまであるその裏にはガラス戸があって、その向こうはベランダになっているのだった。とは言え、校舎裏の裏林が見えるだけなので誰も出たりはしないのだが。ふと右に視線を向けた。
 並んだ机の先、教室の端から端まで並んだ低いロッカー。そこには大学受験関連の本がたくさん並んでいた。中でも目に入ったのはやたらと目に付く赤。背表紙の文字が見えなくても分かる分厚い過去問集たち。来年の今頃はあれを開くことになるのだろう。いまいちまだ実感が湧かない話だ。
 佑樹は小さくため息をついた。その次の瞬間だった、背後で戸の開く音。「あれ?」と間の抜けた声。幼なじみのそれとは違う。
 反射的に首だけで振り返った。教室の入り口に一人の男子生徒が立っていた。戸に手をかけたままでこちらを見ていた。どこかで見たことがある気がした。が、誰か思い出せない。
 佑樹は腰を浮かせて椅子を横に座り直した。右肘を背もたれにかけて相手をよく見た。一見して同学年だろうか。身長は自分よりも少し低い位だろう。隙なくきっちり制服を着込んだ真面目な感じ。人が良さそうな柔和な風貌で、細いフレームの四角い黒縁眼鏡の向こうで視線がさまよっていた。
「あの」と彼は緊張した様子で一歩踏み出した。そしてどもるような調子で言った。「四組の南井君、だよね? 一組の青桐だけど、わかる、かな……?」
 名前を聞いてふっと思い出した。青桐夏、生徒会書記。秋休み前の生徒会役員選挙時に貼られていた、小学生低学年から書道をやっていたという達筆なポスター。同学年の男子が書いたとは思えないほど綺麗な筆跡は印象的だった。しかし、なぜ青桐がここに。
「たしか、生徒会の書記さんだよな?」確認の為に疑問系で問えば、青桐は驚いたように目を見開いた。そして急に照れたようにはにかんだ。
「わ、嬉しいなあ。書記は滅多に表に立たないからなかなか覚えてもらえなくてね」
作品名:習作「秋に遊ぶ」 作家名:庭床