習作「秋に遊ぶ」
彼は手を挙げて、ずかずかと机に歩み寄り佑樹の前の机の上に腰を下ろした。机の横に足を出して、半身になってこちらを見た。「部活前に高槻がなんか会わせたい奴がいるって言ってたんだけど、お前さんなんか知ってる?」
「知ってる」と返して続ける言葉に詰まった。面白い奴ではあったが、なんと説明するべきか……。佑樹は背もたれに重心を預けてブレザーの合わせ目を直した。
「お前、一組の青桐って知ってるか?」
木崎は少しだけ考える素振りをしてから大きく首を傾げた。予想通りの反応だった。こいつが自分に接点がない人間を覚えているはずがないのだった。
「生徒会で書記やってる奴なんだけど、そいつがゲーム好きなんだとさ。んで、その傾向的に俺やお前の好みと合ってるから面白い。お前が勧めてくれた『ニーアレプリカント』も知ってた」
「へえ」と木崎は目を細めて楽しむような声。「それはいいな。興味湧いた」
佑樹は椅子から背を離し机の上で頬杖をついた。「俺も今日会ったばっかりだから、良くは知らないんだけどな。でも鈴がわざわざ連れてくるくらいだからどっかに一癖あるだろうな」
とたん木崎が天井を仰いで声を上げて大爆笑。肩を大きく震わせていた。腹から出した低く良く通る、部屋全体に響く笑い声。木崎そのもののような豪快さだった。ひとしきり笑いきって、やっと落ち着いたようで視線を下げた。目尻に浮かんだ涙を指で軽く拭って言った。
「それはたしかにありそうだよな。つーか、違いねえだろ、多分」
「そんなに笑うことだったか?」
「あー」と力の抜けた声を出して、木崎は視線をさまよわせた。「お前さんは側に居すぎてわかんないんだろうなあ。高槻って女子の部類としては結構変わってんぞ」
佑樹は頬杖をついていた手を口元に当てた。それは初耳だった。自分の周りに居る女子は鈴一人だったので、他と比べてどうと言われてもわかろうはずもなかった。ただため息のような息だけがもれた。
木崎はそれを意外に思ったらしかった。切れ長の目を開いていた。片手を伸ばして頭を掴まれた。髪を乱すように撫でられる。押さえつける力が強くて若干痛かった。無言で非難の視線を向けてみる。
「んだよ、そんな力入れてねえぞ。ほんとよわっちいなあ」
さすがに癇に障る物言いだった。右腕を上げて手を跳ね退けた。「うるさいな。お前の力が強いんだよ。俺が特別弱いってわけじゃない」
「そおかあ?」と気にした風もない木崎。ほんと良くも悪くも気にしないやつだった。決して鈍いわけではないのだが、わかっていてなお気にもとめないというのは鷹揚とも言えるし、無神経とも言える。こっちの毒気が一瞬で抜かれてしまう。
「そうだよ」呆れたように呟けば、木崎は快活に笑った。それから彼は机から降りた。歩きだしながら首だけで振り返って。
「そろそろ高槻がくる時間だろ。たまには教室に降りて待っててやろうぜ?」
佑樹も席を立った。隣の席に置いていた鞄を取り上げて肩にかけて、木崎の後を追った。