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トリガーハッピークリスマス

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「……」
「やあ、久しぶりだね」
 塩原の真ん中、『私』は私に笑いかけた。
「そんな顔で見ないでくれよ。自己嫌悪だよ、それは」
「だって、会いたくなかったもん」
 それは、いつぞやの塩原の鏡だった。
「さて、ここに来た理由は――まあ後で良いか。どういう状況で、今ここに立っているのか、分かるよね?」
 分かっている。
「結局さぁ、ここは一体何なのよ。精神世界なのか、死後の世界なのかはっきりしてくれない?」
 銃で撃たれたのだから、死ぬのが普通だ。その結果ここに立っているというのは、つまるところここが死後の世界ということになる。
「いやいや。死んだからといっていきなり死後の世界に直行するとは限らない。例えば走馬灯。この世界は、君の見ている走馬灯のようなものなのかもしれないし、この精神世界を死後の世界と呼ぶのかもしれない。その辺は君の想像に任せるよ」
 また無責任な。まあ、責任を取れというのが難しい話ではあるが。
「まあ、もしヒントがあるとしたら、こいつじゃないかな」
 すると、鏡の後ろにそいつは現われる。
「くじら?」
 そう、くじらの死骸だった。塩原の中心に横たわるくじらの死骸というのは、違和感の強いものだった。
「君の死のイメージさ」
 鏡は言う。
 死のイメージ? 一体何を言っているんだ?
「死の擬人化、いや、擬像化と言ってもいい。君が死に対するイメージ、感情を形にしたのが、あのくじらなのさ」
「抽象的過ぎて何がなんだが」
 何故くじらなんだ? 一体このくじらに対して、どのような死のイメージを私は持ったのだろうか?
「本来、このくじらは海底に横たわり腐ることなく食まれ朽ちるというイメージで構成されていた。あえて解説するとするなら、海底は孤独、朽ちる姿は忘却、腐らないその姿は永遠を意味している。……そして、そのくじらは君自身を表している」
 私はそれほどロマンチストとは思えない。
「君はそう思っていても、これは深層心理に近いものだからね。それに、君が思っていないだけで本当は乙女みたいな詩的な一面を持っているんだよ」
「恥ずかしいから止めろ」
 詩的というよりは叙述的の間違いだ。
「つまるところ、君は死というモノを永遠の孤独の中に身を投じることと見ている。そして、身体が食い尽くされ――忘却される時、君はその存在をこの世から消す。逆に、生きることをこの塩原に投射しているのも見て取れる。何もないのに、無常さだけはその塩の鏡に映し出す。前に言ったね。この塩原の世界は君自身だと。それは同時に、君の生き様にも関わってくるモノだ。この広い塩原を当てもなく歩き回ること、その無謀さを人生に置き換えている節があるね。君の死生観はこんなところかな?」
 やたら夢の内容をやたらリビドーに関連させたがるような精神分析学者でもやらないような滅茶苦茶な精神診断だ。
「人は結構分かりやすいモノに自分の人間性や人生を投影するものだよ」
 人間ですらないものが何を語る。いや、自分自身ではあるが。
「君は今年、色々な出来事に出合い、考えた。雨女の死に様に憤慨し、夏の化け物と魂の所在を夢想し、夜空の下で神に付いて語り合い、ドラッグのバイヤーを破滅させ、抱き枕の夢を見て、君自身を振り返って、暗闇の中に光を見つけ、うみぞこのくじらと出会い、人を助け、果てはヤクザの抗争に巻き込まれる。きっと君とって、今年ほどのドラマチックな年はこれまでなかっただろうね」
 その結果がこのザマだ。
「だけど、満足はしているのだろう?」
 ……そういえば、思った以上に私は死というモノを、あのくじらを受け入れている。
「もっと足掻くかと思った。だけど、こんな人生も悪くなかったと思っている」
 鏡はその言葉を聞いて満足そうに、そして意地悪く笑い言った。
「――矛盾、みぃつけた」
 矛盾? どういうことだ?
「客観的に君の死を評価しよう。下の下だ。ヤクザの抗争に巻き込まれて死ぬなんて、マトモな死に方とは言えない。それがヤクザの死に方ならもしかしたら上出来なのかもしれないが、君はただの人間。こんな死に方は、君のような人間には相応しくない。まだ車に轢かれて事故死の方が一般人らしい」
 だけど、私はそのことに満足している、それのどこがおかしい。
「おかしいね。だって、君は雨女の死に方に憤慨した。ニセモノの救いによって報われた死を、君は救いの無い死に方だと斬って捨てた。そんな君が、君自身の死に方を最低だと評しないのは、矛盾だ」
 絶句してしまう。今更そんなことに気付かされてしまう自分が、無様だ。
「あのくじらに飲み込まれた時だってそうだ。君はあの死を受け入れようとした。それはつまり、死に方にコダワリがないということだ」
 そうだ。そんな人間が、他人の死を評価しようなんて、矛盾もいいところだ。
「しかし、その矛盾を体現するのが、人の精神性でもある。その矛盾を証明するならば、君は自身に興味がないことだ。そんな人間ならば、この矛盾も証明できる」
 だったら、どうすればいいんだ。そんなことに気付かされたって、私にはどうしようもない。
「何、それは君が生きて行く中で見つけるものさ」
 何を言うんだ。私は死んだのだろう? もうそんな時間はない。
「ポケットの中、調べてごらん」
 鏡の言うとおり、私はポケットの中を弄る。
「これって……」
 くじらが塩原の中に沈んでいく。そして、代わりに現われたのは、真っ黒な布を被ったマネキンだった。
「銀の弾丸さ。今回、それが君の生死を分かった。それに、いつどこで言ったんだ。ここが君が死んでしまったなんて――」
 鏡は言う。そして、マネキンはその手を差し出す。
「さあ、さよならだ。今日は聖夜だったね。こんな奇跡ぐらい、神様は認めてくれるさ」
 鏡は姿を消す。そして、私はマネキンに手を引かれ、その塩原をどこまでも、どこまでも歩いて行く。

 十二月二十四日、夕方。猛烈な背中の痛みで目を覚ます。
 ここは、どこだ?
 私はケータイの時計で時間を確認しながら、居場所を確認する。ここは、そうだ。あのヤクザのようなシティーハンターの事務所だ。
「おはよう、気分はどう?」
「……最低」
 背中が猛烈に痛い。死んでしまうかと思うほどの痛みだった。
 ――昨夜のことを思い出しながら、私は出されたコーヒーを口にする。
 男は確かに私を撃った。その瞬間、妹さんが行動を起こした。空になった機関銃を放り投げ、懐から拳銃を二挺抜き、一気に掃射した。
 男は蜂の巣。撃たれた私は地面に倒れ付していた。
 さて、ここで問題です。あの男が撃った銃は誰の銃でしょうか?
 答え、私がたださんに手渡されたお守り代わりの銃です。
 さて、更に問題。その銃に装填されていた弾は何製でしょうか?
 答え、純銀製。
 ところで、銀の比重を知っているだろうか。銀の比重は10.49、一般的な弾丸に使われる鉛の11.36よりも軽い。比重が軽いということは、そのまま殺傷力の違いにも現われてくる。