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トリガーハッピークリスマス

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 十二月二十三日、朝。クリスマスも明後日に迫り、どこもかしこも忙しい忙しいと呻いている。かという私は、まあ暇だ。特にクリスマスイブと当日は不味い。何が不味いって、予定が空白なのだ。
 店長やシフトリーダーは気を使ってくれたのか、それとも私に付き合っている相手がいないことを知っての嫌がらせか、クリスマスには一秒たりともシフトを入れてはくれなかった。むしろ入れてくれた方が良かった。入れてくれた方が気が紛れた。
 今年もサンタ狩りに参加するのか。三連休なので過酷な戦いになりそうだと思いながら、私はその病室を探す。
「あ、先輩。こんにちはー」
 その病室の主はこちらの姿を認めるなり、そうにこやかに笑顔を返した。
「や、元気そうで何よりだよ」
 だから、私も笑顔を返す。
 今日は先月の事件にて知り合った子のお見舞いに来たのだ。今日は持ってきていないが、明日か明後日ぐらいに、Mと一緒にクリスマスプレゼントを持ってこようかと思っている。
 親に挨拶して、私はその子の隣に座る。この子の親は、私に全幅の信頼を置いてくれている。自分がそれほど褒められた人間ではないと私自身は思うのだが、認められるのは嬉しいことだ。
「先輩ー、病院のご飯って味気ないよぅ」
 因みに、何故かこの子、ともちんは私のことを先輩と呼称する。曰く、「年上は人生の先輩です。大抵敬っておいて損はないってばっちゃが言ってました」とのこと。そのお婆ちゃんあってのこの孫か。
「そんなに不味いの?」
 私には入院の経験がない。精々半日ほど点滴を打ったことがある程度だ。だから病院食も口にしたことがないのだ。不味いだの味が薄いだのよく言われるのだが、どれほどなのかよく分からないのだ。
「すっごい薄いのです。濃い目の味がお好みのお子様には耐えられないのですよー」
 まあ、ご飯くらい美味しい方がいいよなぁ。特にこの子の場合は。
 この子の手足はない。それは、先日の子喰らい地蔵事件で失ったからだ。そりゃもう、これでもかと言わんばかりに傷口が合わさらなかったという。だから、ともちんはこれからずっと、手足のない生活を送ることになる。
「ねぇ、外出てみない?」
 私はふとそんな提案をした。
「うん? 分かりました」
 車椅子を引き寄せると、私はともちんを抱え上げる。
 ……軽い。ただでさえ小さい子なのに、手足がないとこれほどなのか。この子を抱き上げる時は、いつも鼻の奥がツンと痛くなる。
「ねぇ……」
「何、先輩?」
 ふと、私はそれまで抱えていた疑問を口にした。
「ともちんって、何でそんなに綺麗に笑えるの?」
 この数週間、私はともちんをずっと見つめていた。しかし、この子が泣いているところを一度も見たことがなかった。それどころか、楽しそうに笑ってばかりなのだ。それが私には全く理解できなかった。
「……なんというか、未練っていうのかな。そーいうのはないと言ったら嘘になります。だけど、ほんとでもない」
 未練、というのは足と手のことか。
「手足を取られた時に、ここで死んじゃうんだなー、って思ったんです。それがもう、悔しくて悔しくて。もっと美味しい物を食べておけば良かったとか、お母さんにありがとうとかごめんなさいとか言えなかったな、とか。外から足音が聞こえてきたから、もう駄目だと思いました。でも、そんな時に見たのが、あの人じゃなくてあなた、先輩の顔だったんです。その時にですね、『ああ、これが奇跡なんだ』って。生きていられる、これ以上の奇跡はないって思ったんです」
「……」
 絶句してしまった。
 なんというか、この歳でもう悟りの境地に立ちつつあるともちんに、私は言葉を失った。
「せ、先輩っ!」
「えっ! あ、なんでっ!?」
 むしろもうあなたが先輩です。私なんか経験も薄い若輩者ですっ!
「拝ませてくださいっ! 後光が眩しいですっ!」
「ちょっと待って意味が分かりません」
 こりゃもう、この子を教祖に宗教を啓くしかない。そして募金やら上納金うっはうは。
 ……ここまで考えて後悔する。冗談とは言え、考えるだけでこれほどのダメージがあるとは。この子だけは利用しちゃダメだな。色んな意味で。
「まあ、この手足になっちゃって未来とか夢とか、そーいうのはほとんどなくなっちゃったけど、何か別のことは見えてきたので」
 強い子だ。それとも、幼いのが理由なのだろうか。いずれにせよ、私の頃はもっとバカだったぞ。この件で急激に成長したのかそれとも元々こんな子だったのか、気になるところだ。
「大体ばっちゃのおかげだけど」
「ばっちゃすげぇっ!」
 何者だばっちゃっ! こんな子供を元気付けること、私にはできないぞっ!
「ばっちゃが、抱っこしてくれながら言ってくれたんです。『おまえさんはなんもかんも亡くしたけどその代わりに色んなモンを詰め込めるようになったんよ。できることが少なくなったからって塞ぎこんでじゃいかん。結局は楽しんだもん勝ち』って、泣き笑いながら言ってくれました」
 ばっちゃ、男前すぎるだろ。むしろばっちゃの人生の方が気になってきた。普通孫がこんなことになったら正気じゃいられないんじゃないのか?
 まあ、それだけばっちゃの人生経験は濃いかったのか、それとも楽観的なのか。歳を取るというのは悪いことばかりではないのかもしれない。
「とりあえず、自分で教科書を捲るところから始めようかな。それができるようになったら、義足の練習だ」
 そう言って、ともちんは綺麗に笑うのだった。