トラストストーリー
「・・・持っていく物って案外、少なかったな」
実際に必要な物を揃えてみれば、必要なものは遥斗の予想を超えて少なかった。
食料や水などはすでに用意していた袋などに詰め込んでおり、武器である刀は常に腰に差している。
では、あと必要なものはなにか、少なくとも遥斗には思いつかなかった。樹海へ行くのならコンパスや地図なども普通は必須なのだろうが、多数の応用が可能な異能を持つ遥斗にとっては邪魔なものでしかなく、それ以外、と言われればもう思いつかないといった状況。
「時間が余りすぎたか・・・」
自分の部屋から見下ろせる町の景色。昨夜と違って昼なためか遠くからでも活気づいているのが感じられる。
「町の様子でも見ていくか」
あまりにも早く準備できてしまったため時間の余った遥斗は行く当てを求めて町へ向かう。
部屋を出た遥斗は足早に城の中を抜けようとする。なにせここで再び椎名と会ってしまったら桜花に助けてもらった意味がなくなる。
そう考えると自然と足が速くなってしまうのだ。
そして、何事もなく城内を通り抜けた遥斗は無事に町へ着く。
町にはいつも以上に多くの住民が笑顔で行き来していた。
「なんだ?今日はなにかあったか?」
活気づく町の中に一つの大きな矢倉を見て取れた。それはこの国の者なら誰もが知っている祭りの象徴である。
「・・・そうか、今日が“聖夜の首飾り”だったか」
聖夜の首飾り。それはこの国に語り継がれる高天原の誕生伝説である。
かつて多くの神々が住んでいた高天原。そこに一匹の悪魔が住み着き、神様たちを困らせる、という昔話の典型的な形から始まり、最終的に一人の少女が悪魔にプレゼントした首飾りで悪魔を苦しめ、悪魔を退治するという話である。
どこにでもある普通の物語。そして、その物語によれば今日が高天原の誕生した日、ということらしい。それを祝う祭りだ。
「だからいつもよりも人の数が多いのか」
祭りは丸一日中行われ、夜に最も盛り上がりを見せる。なぜなら、夜になれば王都にある大きな矢倉に瑛里華などこの国の王族が乗り、息災であることを国民に知らしめるためである。
本来、矢倉に乗るのは四人。瑛里華と三人の娘たちだ。もちろん、椎名もその中に入っている。だが、椎名を除く残り二人の娘たちは現在、国外にある全寮制の学園へ進学しているため、矢倉に乗るのは実質、二人だけである。
(・・・なるほど、だから夜を選んで下さったのか?)
椎名が遥斗に懐いていることは城中が知っている。おそらくは椎名に役割を与えておいて、その間に遥斗が・・・という算段なのだろう。
(最初から俺がこの話を受けると見越していたのか・・・)
そう思うと自分の駆け引きなど小さなものだったと遥斗は感じた。
「しかし・・・戦争か・・・この国が・・・」
勝てるはずがない、とそう続けたい気持ちをぐっと飲み込んだ。
なにせ、高天原は小国。一体、どうすれば勝てるというのか。この国が他国に誇れることは貿易都市が多く点在するということぐらいである。
確かに物資はたくさん入って来るかもしれないが、それだけで戦争は勝てるものではない。なにより、大前提として戦力があまりに少ないことが問題である。
他国の総戦力は一千万を超えるような国も存在する。にも拘わらず、高天原はわずかに数十万程度の戦力しか有していない。
これで勝とうというのが間違っているのだ。
「・・・ん?あれは?」
この国の行く末を考え、頭を捻っていた遥斗の視界に二人の兵士を供につけた一人の女性が人ごみの中を険しい表情で歩いてくるのが見て取れた。
「志穂さん」
遥斗が志穂と呼んだ女性の名は上杉志穂。彼女も桜花と同じく世界中に名前を轟かせる“高天原五将軍”の内の一人で、その変幻自在の魔術で敵を翻弄し、鉄壁の護りを見せることで有名である。
彼女は金髪の長い髪を揺らしながら遥斗の元へ歩いて来る。どうにもその姿は妖艶で異性を魅了するには十分すぎる色香を放っていた。
「遥斗か。どうしたんだ?」
「いえ、随分と珍しいと思いまして、志穂さんが城下に降りてくるなんて」
ついつい注目してしまう大きな胸が服装の上からでもその存在を主張しているため遥斗は目のやり場に困りながら話す。
「確かにな。しかし、それも仕方あるまい。遥斗も殿下から聞いたのだろう?」
志穂の言葉が何を意味しているのか、遥斗は判断しかねた。宣戦布告の話なのか、あるいは妹の話なのか、それとも、任務のことなのか。つまり、選択肢が多すぎるのだ。
どれもこれも機密性の高い話であるため軽々しく口にできる事でもない。
そのため、志穂の問いに答えるべきなのかどうかすら悩んでしまう。
結果的に遥斗は当たり障りのない言葉しか返せなかった。
「・・・まぁ、そうですね。確かに聞きました」
「・・・なるほど・・・簡単に口は割らないか」
遥斗の答えに志穂は苦笑する。
志穂の言葉は結局、遥斗に鎌を掛けた言葉だったということだ。
「・・・志穂さんは俺が作戦の間から出て来るところでも見たんでしょ?」
だから、何かあるのではないかと勘繰り、情報を聞きだすために俺に鎌を掛けた、と祖言うことなのだろうと遥斗の目は語っている。
「なるほど。確かに頭は切れるようだな。だが、推理は二流といったところか」
「というと?」
「残念がら私は遥斗が作戦の間から出て来るところを見たわけではなく桜花から話を聞いたのだよ」
「あぁ、なるほど・・・。しかし、鎌を掛けるとは・・・随分と趣味が悪いですね」
遥斗が嫌味を言うとどこが面白かったのか、大口を開けて志穂が笑い始めた。その声の大きさに通りかかった町の人たちも思わずその足を止めてしまうほど。
元々、将軍ということもあって顔の割れている二人はすぐさま注目されて始めてしまった。
しかし、志穂はそんなことを一切、気にしないのか、女性にあるまじき大声で未だに笑っている。
「ふははは。すまないな。ちょっとからかうつもりだったんだがいつの間にか本気になってしまっていたようだ。ははは」
女性とは思えないほどの豪快さである。
(きっと生まれてくる時に性別を間違えたんだろうな)
思ってはいても口に出せるはずがない。志穂の豪快な笑いに遥斗は愛想笑いを浮かべる程度しかできなかった。
「しかし・・・実際のところ、どうなんだ?」
一瞬にして笑顔から真顔に切り替わる志穂に答える様に遥斗も愛想笑いを止めて真面目に向き合う。
「どう・・・とは?」
「とぼけるのも大概にしろ、遥斗。作戦の間への召集。これが何を意味しているのか、それぐらい将軍である者のみならず、一兵でも知っていることだ」
あまりの真剣な志穂の表情。だが、遥斗が知っていることは機密情報。例え、なんと言われてもそれを漏らすことは許されない。許されないのだが。
(なるほど・・・人の口に戸はたてられない・・・か)
昔の人はよくいったものだ、と苦笑する遥斗。なにせ、遥斗はまさにそのことわざと同じようなことをしようとしているのだから。
遥斗は観念したように深く大きなため息をついた。
「・・・分かりましたよ。話しますから、とにかくここじゃマズイ。注目を浴びてますからね」
「だったら、飲みに行こう。ついでだ。それとお前らは巡回を続けてろ」