クロエのチョコレイト
パブリックモラリスト・マコト
黒江は残り時間を確認。時間はあと7分ほど残っている。
黒江はある程度の武道の心得があるが、いかんせん相手が多すぎる。
もし捕まったら、と一瞬想像。
「貞操の危機デスね」
というカレンの声が頭の中で木霊して背筋が凍った。
とにかく15分逃げるしかない。
幸い、カレンの足止めが成功しているようで追っ手は今のところきていない。
そんなことを考えながら走っていると、黒江は何か大きなものにぶつかってしりもちをついた。
顔を上げると、そこには一人の長身の生徒が立っていた。
「風紀を乱すなっ!」
《動く法律》と名高い風紀委員長、東条真人は張りのある声で黒江に言った。
この東条真人、顔立ちは整っているのに、
その梃子でも動かない頭の硬さから敬遠されている残念な男だ。
「まったく、廊下を走るなと何度言ったら……っておまっ!」
話の途中で走り去ろうとした黒江を、真人は全力で追いかけた。
「ちょっと! 風紀委員が何で廊下走ってるのよ!」
「うるさい! 毒を持って毒を制すだ! だからとまれっ!」
「とまったら私の貞操が危ないのよっ!」
どういうことだ? という真人の声は、背後からの地響きによってかき消された。
先ほどの真人の声を聞きつけ、クラスメイトたちが飛んできたのだ。
「なっ! なにごとだ!」
「とにかくっ! あと7分弱逃げないと私の貞操が危ないのよっ! って何食ってんのよ!」
黒江が怒鳴るのも無理はない。
この緊張感あふれるシーンに、真人はどこから出したのかバナナを食べていたのだ。
「ちょっと小腹が減ったのでな」
モリモリとバナナをほおばりつつ、真人はにやりと笑う。
「風紀アイテム“バナナ”だっ!」
食べたバナナの皮をそっと廊下において、どや顔で真人は黒江を見る。
「ごめん、あんたのボケが音速過ぎて私のツッコミ追いつかない」
「褒めてもなにも出ないぞ」
「出しなさいよ、慰謝料的なものを」
ため息をつきながら走っていると、
背後でクラスメイトのひとりがバナナの皮で滑って転び、
それに巻き込まれてクラスメイトたちは全員将棋倒しになった。
「計画通り」
真人は風紀委員にあるまじき邪悪な笑みを浮かべた。
「どうだ、腹を満たし、かつ敵を足止めする。これが風紀アイテムの威力だ!」
高笑いをしながら前を走る真人を見て、黒江は今更ながら真人がアホなのであることに気がついた。
作品名:クロエのチョコレイト 作家名:伊織千景