百戦錬磨 第三話
フードの中から現れた人物は輝くようなブロンドヘアーをツインテールにしている少女だった。全身、黒の動きやすそうな服装が彼女のブロンドヘアーと薄い透き通るような青の瞳がより少女を綺麗に見せる。
少女は持っているグロッグ26を仮面の人物へ向ける。
「―――最後の警告だ。―――邪魔をするな」
その声に籠っている殺気は猛々しく、気高い強者の殺気。仮面の人物の殺気を“青”と例えるのなら少女の殺気は間違いなく“赤”だ。常人であれば身震いしてしまうほどの強烈な殺気を叩きつけられても仮面の人物は平然と立っていた。
「――――」
仮面の人物は何も言い返さない。ただ後ろの少女を庇うように二人の前に立ちふさがるだけ。もし、二人が何もしなければ男も何もしないのではないか、とすら思ってしまうほどに仮面の人物は微動だにしない。
少女はその人物の反応を見て静かに言葉を告げる。
「――――そう・・・だったら・・・終わりね」
路地に乾いた音が響く。それが戦闘開始の合図となった。
休む間もなく連続して撃ち込まれる弾丸。空気を切り裂き、回転しながら進む弾丸は到底、人間が視界に捉える事の出来るものではない。少女と十メートルほどしか離れていない距離では尚のこと。
撃たれれば、即死。が、すでに弾丸は放たれている。
意志のない弾丸はすべて正確に仮面の人物へ向かって一目散に飛来する。
もはや弾丸が標的に向かって正確に放たれている以上、すでに死は確定している。人間では到底、回避不能。
ならばどうするか。
仮面の人物はまるで弾丸が来る位置が分かっていたかのように少しだけ体をずらして、そして――――――――――弾丸を確かに、回避した。
「な・・・に?」
目の前で起こった信じられない出来事に少女は驚きを隠せない。
当然の反応だ。これほどの至近距離で弾丸を回避するなんてことは不可能だ。できるはずがない。
「あなた・・・何者?」
少女の言葉と同時に仮面の人物が回避した時、銃弾の一発が仮面を留めている糸を掠めて行き、その衝撃で仮面がぽろりと地面へと落下する。
仮面の人物はブロンドヘアーの男だった。長身でピアスをしているその男はまさに今時の若者と言ったような風貌をしている。
「・・・まだやるのか?」
素顔を見られたからなのか、先ほどまでは何も話さなかったのに今回は自分から話しかけてくる。それは風貌から連想されるイメージとはとは違ったかなり優しい言葉遣いだった。
「―――当たり前!」
少女はその言葉と同時に自分の立っている地面に円形の黄色い魔法陣を一瞬にして展開させる。だが、それは本来、ありえないことだ。
無論、魔法陣を一瞬で展開することも十分、常人離れしているのだが、ここは日本だ。
日本は異能派が多数派を占め、主権を握っている異能派国家。その中に敵対勢力である魔術師の人間が入り込むなんて言うことは一歩間違えば国際問題になりかねない行為である。
無論、国際空港では念入りな精密検査が何度も行われ、魔術師なのかどうかなどを調べられ、さらに、国内も万が一、魔術師が国内に侵入した際にいつでも即時、発見、対応できるよう、魔力に反応する探知式索敵レーダーを国内隙間なく設置されているのだ。
裏町であったとしてもレーダーの索敵範囲内である。ならば、すぐさま警察かあるいは他の機関に囲まれることになるだろう。それを覚悟しての行動なのだろうか。
しかし、少女はそんなことを一切、考えている素振りを見せずにそのまま戦闘へ意識を集中させる。
「―――数多の暗雲を打ち払いし、我が雷―――」
少女が目を閉じて静かに口ずさむのは魔術にとって必要不可欠な魔術発動の詠唱。それに反応するように魔法陣が一気に輝き始める。
「―――愚かなる者に、裁きの一撃を―――」
魔術を行使するための詠唱を唱え終える、と同時に少女の足元の魔法陣からバチチチという音を放ちながら出現した雷が、まるで意志を持っているかのように少女の周囲で渦を巻き始め、そして、その雷はそのまま螺旋状に天へ昇っていく。
それは思わず見とれてしまいそうなほどブロンドヘアーの少女によく似合っている光景だった。
そして、数秒後、その天へと昇って行った雷はそのまま地上の男目掛けて一直線に落ちてくる。
バチチチチと先ほど魔法陣から出現した時とは比べ物にならないほどの大きな轟音を響かせながら落ちてくる雷はまさに天災。
避けられぬ災害そのもの。蒼空が雷の黄色一色に染まる。馬鹿げているほどの雷の大きさだ。その雷の大きさから男の後ろにいる少女が巻き込まれるほど。
後ろに控えてる女性から止められていたにもかかわらず、だ。
少女は熱くなると周囲が見えなくなるタイプなのだろうか。
だが、男はそれに対して冷静に行動をする、いや、すでに開始していた。
本来なら相手が魔術師であることに驚いてもいいはずなのに眉ひとつ動かさず、少女が詠唱を終えると同時にそれに対抗するための魔術を用意していた。
「――――我が炎、蒼天をも焦がし、闇を照らす光と為れ――――」
男もまた、魔術師だったのだ。男の言葉に反応するように赤い魔法陣が現れる。大きさは少女の黄色い魔法陣とは比べ物にならないほどの大きさを誇っている。
赤く大きな魔法陣が展開されるのとほぼ同じころ、上空から少女の放った魔法が男目掛けて降りかかる。が、それを迎えつかのように男の展開した巨大な赤い魔法陣が赤く煌めく。
そして、次の瞬間、この辺りに一瞬、太陽が現われたのではないかと錯覚させるほどの閃光が迸る。それと同時に魔法陣から一本の巨大な炎の円柱が現われ、天へと昇っていく。映画やアニメのような光景。それほど強力な魔術なのだ。触れれば骨になるどころでは済まない。もはや灰すらも残さないだろうと思わせるほどの炎の柱。
落ちてくる雷。
昇っていく炎。
必然的に両者は空中で激しく衝突し合う。
ドガァーーーンともはやこの世のものとは思えないような轟音を響かせながらぶつかり合う光景は一種の怪獣映画のようなもの。
空中で繰り広げられる大規模な激突。時折、爆音も混じるその音は鳴りやむどころか、むしろ、徐々に大きくなっていく。そして、幾度かの爆発の後に今までの中で一番と言えるほどの大爆発と共に雷は炎によって燃え尽きた。
先ほどまで拮抗していたかのよう思われていた雷は圧倒的な炎に呑まれて炎と共に再び天へと昇っていく。それは激突してからわずか三秒ほどの出来事だった。
「なっ!」
よほどこの魔術に自信があったのか、雷が炎に呑まれたことに衝撃を隠せない少女。だが、その衝撃が戦場では命取りになる。そして、それはまた男からすればあまりにも大きすぎる隙だった。
「―――鮮烈なる炎の槍、逃すことなく―――」
魔術の発動に必要な詠唱を始める男。それに反応するように瞬時に赤い魔法陣が男の立つ地面に展開され、魔法陣から溢れ出る炎が男の眼前に集束される。
その光景を見て初めて少女が男の行動に気付く。が、それはあまりにも遅い。すでに男は詠唱を始めており、そして、すでに魔法陣も展開されている。今から男の魔術と同等の魔術を放つことは時間的に不可能だ。
だが、そうはさせまいと動いていた人物がいた。それは今まで静観に徹していた女性だった。
「ちっ!」