百戦錬磨 第三話
「・・・まぁ、こんなもんか」
不良たち六人を倒した和斗の感想はそれだった。不良たちは顔面を痣だらけにして地面に倒れている。そして、男たちが気絶しているのをいいことに他の不良や浮浪者たちが男たちの身ぐるみをハイエナのごとく剥いでいく。
だが、和斗はそれを気にした様子もなくそのまま先ほどこの裏町に入ってくる時に使った路地へと戻って行く。
(さすがにもうそろそろ戻っても大丈夫だろう)
和斗は自分の携帯を取り出して時間を確認する。篠原と追いかけっこをしていた時間から三十分近く経っていた。そろそろ入学式が始まろうかという時間帯だ。
「まぁ、もしまだ篠原がいても逃げれば・・・ん?」
「――――あうぅ」
ポンッと背中に軽い衝撃とか細い声で和斗が背中を振り返る。するとそこには白く長い髪をした背の低い少女が和斗の背中にぶつかっていた。
「うぅ・・」
少女はぶつかったと思われる額を押さえながら後ろへふらふらと下がる。そうして距離を取って初めて少女の緑色の瞳が和斗を視界に捉えた。
「あ・・えっと・・大丈夫か?」
「・・・あ・・す、すみません!急いでいたので・・・」
少女は和斗が逆に焦ってしまうほど何回も頭を下げる。随分と華奢な体つきで小学生ほどの身長程度しかなく、手足はまるでガラス細工のごとく細く、雪の様に真っ白な肌。その少女は綺麗というよりも可愛かった。
「あ・・あぁ。俺は大丈夫だが・・・」
そこで和斗は少女を観察するように視線を体や顔へせわしなく移動させる。
(・・・この裏町の子じゃないな・・・)
和斗はそう判断した。その基準としては服装である。少女の服装は汚れたりぼろぼろになっていると言うわけではなくむしろ綺麗で清楚な印象の白いミニのワンピースが汚れている様子はない。もはやその時点でここで生活していないと断定できるからである。
(なんで、こんな子がここに?)
触ってしまうと消えてしまいそうな儚さを漂わせて、常人には触れられない、神聖なもののように思えてしまう純真無垢な少女。そんな少女がここにいることはとても奇妙なことである。
「あ・・・私も――――」
少女が話そうとした時、他の路地からばたばたという大量の足音が聞こえてきた。それを聴いた少女は突然、怯え始めてそのまま何も和斗に話さずに立ち去ってしまう。
「あ、おいっ!ちょっ・・・!」
和斗が声を出して少女を止めようとした時、なぜか、和斗の中に懐かしい感覚が蘇ってきた。
「――――え?」
その感覚は幼いころに体験したことのある感覚だったのだが、それが何なのか和斗には分からなかった。
そうこうしている内に少女は路地を曲がって和斗の位置からは完全に見えなくなってしまう。
「・・・なんだったんだ?」
和斗は少女が走って行った方向を茫然と眺めていると、少女が去った方向とは違う方向の路地から背の低いフードを被った人物が一人と二十代ぐらいのスーツを着た若い女性が一人、そして同じくスーツを着た男たちが数十名、和斗の目の前に現れた。
男たちは和斗に目も向けず、怒声をあげながら色々な路地へばらばらに走っていく。しかし、背の低いフードの人物と女性は男たちが全員、いろいろな路地に入っていった後、三人だけになった状態で初めて話しかけてきた。
「・・・さて・・・少年。リラの・・いえ雪菜・・・白い髪の女の子がどこに行ったか知らない?」
二十代ほどの綺麗なお姉さんと言った感じの女性がその大きな胸を強調させるかのような体勢で和斗に詰め寄ってくる。
「・・え・・あ・・」
さすがに和斗もその大きい胸とそして、それを強調してくる女性を相手に視線が泳ぐ。
「あら?どうしたの?」
分かっていて聞いているのだろう。女はさらに和斗に近づく。
「うふふ。さぁて、もう一度訊くわよ。白い髪の女の子はどこに行ったの?」
先ほどの言葉とは違ってかなり確信を持って女性は和斗に問いかける。雰囲気も最初とは違ってかなり威圧感があった。
「・・・そっちだよ」
和斗は素直に少女が走っていた自分の後ろにある通路を顎で指して示す。
(・・・こいつら、あの子を追っているのか?何のために?)
和斗は女性に質問されながらも女性たちの真意、あるいはその行動によってどのような利益が生まれるのかなどを推測する。
対して女性は思っていた以上に和斗が素直に答えたのでその真意を確かめようとしているのか、女性は和斗の顔を・・・いや、もっと正確には和斗の瞳を見つめている。
和斗も女性の真意を探るためにその女性の瞳から視線を逸らさない。必然的に見つめ合う形になってしまっていた。
互いの視線が交差する。しばらくして、女性が先に和斗から視線を逸らした。
「・・・お客さん、どうやら彼は大丈夫みたいよ」
和斗の目の前の女性は和斗から視線をずらしてそのまま和斗の背後の通路へと視線を移す。
(お客さん?)
この場には今現在、和斗と女性、そして、フードの背の小さい人物の三人しかいない。状況からしても女性の発した“お客さん”という呼称はフードの人物を指しているのだろうが。
(・・・どういうことだ?)
目の前に突如現れた白い髪の少女。そしてそれを追うように現れた男たちと女性そして、フードの人物。さらに女性はそのフードの人物をお客さんと呼ぶ。
これらの情報が和斗の中では一本に繋がらなかったのだ。
「・・・・」
フードの人物は何も言葉にせず女性と共に和斗の背後の通路へと入って行った。
その場に残されるのは和斗一人。
先ほどまでに男たちも合わせれば数十人ほどいたのだが、ものの数十秒ですぐさま和斗一人に戻ってしまった。
逆にそうなるとまったく知り合いではないのになぜかこみあげてくる寂しさ。
「・・・・」
そして、何より罪悪感。
まったく見ず知らずの少女だったとしても、状況からして少女は確実に逃げていた。つまり少女は彼らから逃げたがっていたにもかかわらず和斗はその少女の居場所を教えてしまったということ。
こんなご時世だ。彼女が犯罪者であるという可能性も捨て切れない。
だが、もし少女が犯罪者だったとするのなら少しぶつかったぐらいであそこまで謝るだろうか。
それほどまでに優しい少女が犯罪を犯すはずがない。それはきっと冤罪なのだ、とさっき、ほんの一瞬に近い時間しか会っていない和斗にさえもそう思わせてしまう天性の魅力が少女にはあった。
そんな少女を売ってしまったに近い和斗の行為。
和斗はすでに終わってしまった自分の行動について後悔していた。
いや、葛藤している、というべきだ。
(助けに行くべきか・・・それとも・・・見捨てるべきか・・)
後者ならそのままここを立ち去ればそれでいいだけのこと。そして、今日のことを忘れてそのまま過ごせばいい。それで和斗の大好きな日常が戻ってくる。
失いたくないと、あの時、強く願った日常が―――――。
では、前者ならどうだろう。
最悪の場合、戦闘になる可能性すら考えられるこの状況で、皇育の中でも最下位クラスのGクラスに所属している和斗に一体、何ができるのだろうか。
フードの人物や男たちはまだしも、あの女性は確実に一般人からは一線を画する威圧感を放っていた。
それほどまでにあの女性の力は凄まじいものであるということ。