百戦錬磨 第三話
さすがに戦闘学課副主任。基礎体力は学生である和斗とは大違いで息切れをし始めている和斗と未だに口を開く余裕のある篠原。
(ま・・・まずい・・・このままじゃ・・・)
掴まるのはもはや時間の問題。距離も徐々に詰まってきている。もはやもって残り数十秒というところ。猶予はない。
(・・・ぐっ・・裏町しかない・・・か)
和斗の考えている裏町とはこの町“皇王宮”に未だ区画整理されていない路地や通路の入り乱れた、ありていに言えば見栄えが悪く、治安も悪い皇王宮の裏側のことを指している。
そこは不良たちのたまり場になっており、自分たちから入ろうとする者はいない。
だが、和斗はもはやそうは言っていられない状況にあるのだ。
「くっ・・・そ・・・仕方ねーー!」
和斗は一旦、すぐ傍の路地に入り込み、さらにそこから違う路地へ。そうやって路地と路地とを使いながら裏町へと続く道へ進んで行く。さすがに篠原も和斗を追っている内に徐々に周囲の雰囲気が変わっていくことに気が付いたのか和斗の説得に切り替えた。
「龍雅!これ以上は進むな!今回のことは免除してやるから、速度を落とせ!龍雅!聞こえているんだろ!おい!」
後ろから篠原話しかけるが体力の限界に近い和斗の耳にはほとんどその声は入ってこない。
頭の中を埋め尽くすのはとにかく篠原から逃げ延びることだけだった。
「はぁ・・・はぁ・・ぐっ・・・はぁ・・・」
路地から路地へ。そして、また路地へ。もう何回路地を通ったのか分からないほどに何回も路地を通っている。
そして、ついに、裏町の大通りへ出た。
大通りはいわばスラム同然。道鐚には時折、血の跡が残っていたり、顔を隠したような連中が蠢いていたりと明らかに異様な雰囲気を漂わせている。
「っ・・はぁ・・・はぁ・・・」
今まで走ってきていた息を整えるため膝に手をつく、和斗。ちらりと後ろへ視線を移すがどうやら篠原は途中で和斗を見失ったか、諦めたらしい。
それは和斗にとって僥倖であった。もしこのまま追いかけられていれば確実に捕まっていたからだ。
「・・・ふぅー・・・はぁ・・」
徐々に落ち着いてきた呼吸でゆっくりと視線をあげる。そこにはやはり、廃墟同然のぼろぼろのアパートやマンション、小さな露店があるぐらいで、後はシャッターが閉まっている店が少し。すべてのシャッターにはご丁寧にしっかりとカラースプレーで落書きがされている。
向こう側は木々が多というのにこちら側はまったくといってもいいほど緑を見ることはできない。
元々この裏町は戦争以前では学園のある側と何も変わらない綺麗な町並みだったが、戦争が起こり、この町も戦場となってしまったため皇極家はとにかく町の中枢から先に復興させようと、向こう側ばかりに手を回し、こちら側にはまったくと言っていいほど手を回さなかったため、このような状況になってしまっている。
当時は日本全土が戦場であり、世界各地でも戦争が起こっていたため仕方がなかったと言えばそれまでだが、それでもさすがに向こう側を優遇しすぎた感は否めない。
最近ではやっと少しずつではあるが、こちら側も区画整理が進み、年々、いや、日に日に裏町の規模も小さくなっていきつつあるが、それでも未だにかなりの規模が残っている、というのが現実である。
そして、決まってこのような場所にたむろしたがるのが「こういう連中なんだよな~」と和斗が口にする。
和斗の周りに六人ほどの髪を金髪に染めた明らかにそれらしい風貌をしている男たちが集まってきた。
「おい、おい兄ちゃんよぉ~、ここをどこだか分かってんのか?あぁん?」
強者が弱者を甚振る様な嗜好の笑みを携えながら和斗に近づいてくる一人の男。男たちは和斗が逃げられないように和斗を包囲する。
だが、その六人の中の一人が「あっ」と声を上げた。
「あぁん?どうしたよ、タケちゃん」
和斗に歩みよっていたリーダー核の男が動きを止めて声を上げた男に視線を移す。
「そ、その制服!」
声を上げた男が指差すのは和斗の制服だった。
「こ、皇育の制服じゃねーか!」
「「「えっ!?」」」
他の男たちは皇育の制服を知らなかったのか、思わず声を漏らす。異育とは世間一般から見れば“強者”の行ける学校であり、その中でも最大規模で最高峰とも呼ばれる皇育はすなわち“強者”の中の“強者”というイメージが世間にはあるのだ。
だが、そのイメージはあながち間違ってはいない。なぜなら、異育を卒業した者は大抵が帝国異能力者連合へ就職することになるからだ。帝国異能力者連合は日本中の異能者を統率・管理するため、相応の能力が必要とされるだけでなく、世界最大規模の組織の一角を担っているだけのことはあって各個人の戦闘力も重視されているため強くて当たり前なのだ。
「じゃ・・こいつ・・・」
和斗に近づいていた男が一歩、また一歩と後ずさる。
しかし、それを許さなかったのは他の誰でもない、和斗だった。
和斗は逃げようとしているリーダー格の男を一瞬にして捕えて、勢いそのままに男の肩の骨を外した。
「ぐああぁぁぁぁ」
男は肩を外された痛みで肩を押さえながら地面に倒れ、うずくまる。
まさに早業。その動きは何の練習も積んでいない他の五人の不良たちから見てみれば目にも留まらなかっただろう。
だが、この時、他の男たちは茫然とそんなこと眺めている場合ではなかったのだ。和斗はすでに二人目の男へ近づき、最初の男と同じように肩を外す。
「うがあぁぁぁ」
「えっ!?」
突如、聞こえた二人目の悲鳴でやっと残っている他の四人が今の状況に気付き逃げ始める。が、それでも遅かった。
二人目が肩を外されて二秒経つか経たないかですでに三人目の肩が外される。
「いてぇぇぇ」
続々と上がる悲鳴。だが、残っている男たちに他の男たちを助けようという意識はなかった。そんなことよりもまず、自分の身が危ないからだ。
男たちは必死に逃げようとする。だが、和斗はそれを許さない。逃げようとする男たちに対してまず、鳩尾に拳を叩き込む。
もし、これが皇育で同じように訓練を積んだものなら簡単に防がれていただろう。しかし、残っている三人は素人も同然。
和斗の拳を防ぐことが出来ず、三人ともそのまま一撃で地面にひれ伏す。まさに圧倒的な強さだった。
「ぐ・・あ・・」
鳩尾に綺麗に入った和斗の一撃によって動けなくなった三人にもはやなす術はない。
和斗はその三人を見下しながら「さぁ~て。俺と遊ぼうか」と不敵な笑みを浮かべてそう言った。