百戦錬磨 第三話
和斗はまるで時間が止まったかのようにじっと気絶したままの少女を見つめる。
助け起こすわけでもなく、安否を確かめるわけでもなく、本当にただ茫然と少女を眺めていた。
その時、和斗の走ってきた路地から複数の足音とそして、怒号が響く。
「いいか!絶対に逃がすんじゃねーぞ!」
「おうよ、仇は絶対にとってやる!」
野太い声に“仇”と言う言葉。
(マズイ!あいつらの仲間か!?)
その二つから和斗はすぐにあたりをつける。周囲を見渡しても、この状況であるのならどこからどうみても犯人は和斗ということになってしまう。
だが、今更どうしようとも、この状況が好転するはずもない。
和斗が妙案を思い浮かぶ前に足音と怒号の元凶が和斗の正面に現れた。
和斗の前に現れたのはそのほとんどが体格の大きい男たちばかりだった。中には長ドスを持っているようなものまでいる。
しかも、路地で殺されていた男たちとは違ってスーツではなく、もっと動きやすさを重視したようなラフな服装な者たちばかりで、逆にそれが男たちの柄を悪そうに見せている。
「な、なんだ、これは!?」
男たちは路地へ入った瞬間に茫然と立ち竦む。まるで魂が抜けた人形のようだ。しばらく男たちはその状況に茫然としていたが、その男たちの中の一人が和斗の存在に気付くと状況は一変した。
「な、何だ、お前は!」
男の一言で今まで茫然と周囲を見渡していた他の者たちも和斗の姿を視界に捉える。すると、先ほどのまでの魂の抜けたような者たちの瞳が突如、鋭く、殺気の籠った瞳へと切り替わる。
「てめぇーがこれをヤったのか?」
男の中でもひときわ体格が大きく、ガラの悪そうな男の鋭い眼光が和斗を射抜く。
だが、和斗はその眼光にも竦んだ様子はなく、平然と男たちに言い返す。
「俺じゃねーって言ったらあんたらは信じるのか?」
その言い方はまるで男たちを馬鹿にしたような挑発する言い方だった。この状況でそんな言い方をされた男たちが黙っていられるはずがない。
「貴様ーーー」
男たちの中で喧嘩っ早い一人が他の男たちの誰よりも先に、手に持っていた長ドスを抜いて和斗に襲い掛かる。
「ちょっ、おい!」
「うらぁーー!」
和斗の言葉など聞く耳を持たず、男は長ドスを振り下ろす。和斗はそれを持ち前のずば抜けた反射神経で避ける。が、もちろん、一撃で終わるはずがない。二度、三度と振り下ろされる長ドス。
しかし、和斗は見事にそれをすべて避けきった。
(よしっ。この程度なら避けることは・・・っ!)
和斗が一瞬、油断したその瞬間、足元に転がっていた植物の残骸を踏みつけて和斗の体勢が崩れる。それは紛れもない好機だった。
「もらった!」
男はその隙を見逃さず、しっかりと狙いを定めて長ドスを振り下ろす。
崩れゆく体勢の最中、それでも和斗は目をそらさずに男の振り下ろす長ドスの刃を見続けた。
徐々に近づいていく長ドス。
この距離なら、普通、避けられない。
そう、普通なら、だ。
(―――――仕方ねーな)
その時、和斗の顔は冷たい笑みに歪む。その笑みに男は気付かなかった。
「うらぁーー」
男の叫び声と共に刀が一気に振り下ろされる。男の持っている刀には確かに人の肉を切る生々しい感触が伝わり、そして、和斗の鮮血が噴き出す――――はずだった。
だが、そうはならず、男の刀は和斗に触れる一歩手前で目に見えない、何かに阻まれていたからだ。
「―――え?」
思わず男の口から漏れる驚嘆の言葉。だが、それは何も刀を持っている男だけでなく、後ろからその光景を見ていた他の連中も同じ気持ちなのか、呆けたようにその光景に目を取られている。
「――――遊んでやるよ、雑魚ども。俺に傷を負わせられるかな?」
和斗は見下したような口調と目つきで男を挑発しる。
「き、貴様!許さんぞ!」
男は学生の身分である和斗に挑発されたことが許せなかったのか、刀を投げ捨て和斗からバックステップで距離を稼ぐ。
(本気になったか)
和斗が微笑む。練習でも訓練でもない実戦で、命のかかった実戦で和斗は微笑んだのだ。
その笑みには、一体、どんな意味が、感情が、想いが込められているのだろうか。
「おい、おい!異能を勝手に・・・!」
「知るか!行くぞ!これが俺の異能――――」
体格のいい男が和斗と戦っている男に制止を掛けるがその男はそれを無視し、己の異能を行使する。だが、男の稼いだ距離など、和斗にとって無意味だった。
「――――遅い」
男が異能を使う寸前に和斗は一瞬で男の間を詰め次の瞬間、男の体を真っ二つに切断した。
まさに一瞬の出来事。
先ほどまで元気よく動いていた男が今、たった今、上半身と下半身に分断され、物言わぬ肉塊となってしまったのだ。その動きに一切の無駄はなく、そして、その動きには一切の迷いがなかった。
人の命を奪う、その行為に和斗は一切、戸惑うことなく、それを実行したのだ。
―――――ありえない。
そんな言葉がその光景をただ茫然と眺めていた男たちの感想だった。
仮にも謎の敵を捕縛、あるいは、殺害するために送られてきた増援である自分たちの仲間が、ただの学生である和斗に抵抗する間もなく一瞬で殺された事実を受け止めることができなかった。
いや、それよりも、これほどの異能を持ちながら、その力を見せびらかせることもなく、ただの学生として生きている和斗に恐れているのか。
ただの学生。それが男たちの誇りをさらに深く傷つけた。だが、傷ついたのは誇りだけではなく、彼らの敵愾心、戦意、あるいは士気といったものをも和斗は砕いていたのだ。
「あ・・・くっ・・・」
薄い冷笑を浮かべる和斗の姿を見た男たちが意図せず和斗から遠ざかろうと勝手に足が動く。
「――――どうした?怖いのか?ただの学生のこの俺が?」
先ほどの男にしたように再び和斗は挑発した。
だが、先ほどとは違って和斗の力を見せつけられた男たちの体は一歩も動こうとしなかった。それどころかさらに後ろへと下がり和斗から遠ざかる。
和斗の放つ殺気も威圧感も常人の域から、いや、人間の域から外れたまさに化け物の域に達しているものだった。
男たちの体が殺気に、威圧感に震えだす。どれほど鍛え上げた精神力で震えを抑え込もうとしても、抑え込むことはできなかった。
「あ・・う・・」
男たちの中には情けない声を出して腰を抜かすような者たちまで出始めた。
そんな時にピリリリとこの場に似つかわしくない電子音が鳴り響く。
男たちの中で一番体格のいい男が自分の懐の中から電子音を鳴り響かさせている原因の携帯を取り出した。
「・・・えぇ、はい。・・・・正気ですか?我々はあなたの命令で撤退したと、当主様に伝えますよ。・・・・分かりました」
男は一旦、携帯を切ってから安堵したような息を吐き、周囲の男たちに電話の内容を伝える。
「・・・撤退だ。お客様と白浜さんを回収して帰還するぞ」
男の言葉に他の男たちも安堵したような表情を見せる。
本来なら仲間の仇を取れなくなったと怒るところであるにはずなのに、だ。
和斗から逃げること。それだけが今の男たちの唯一の思いなのだろう。
だが、男たちが安堵したのもつかの間、それをさせないのが、和斗だった。
「――――俺がそれをさせると思うか?」