作品集
full moon
月に翳した手を見ながら、宇宙の遠さを思う。月面に掠りもしない指先。多くを望んではいけないのだ。犬のように、生きているだけで幸せだと思わなくてはならない。多くを望めば身は滅びる…らしい。
「薫…?」
彼女も思索に耽っていたのだろうか。名前を呼んでも、意識は宇宙旅行中。
「薫っ」
握っていた手に力を込めて、彼女の名前を呼ぶ。
「なぁに?」
「今日は空が綺麗だよ」
「そうね…綺麗だわ…」
眠気を帯びた声が耳をくすぐり、細い体が僕に僅かな重みを与える。
「それより…」
彼女は目を瞑りながら続ける。
「電車まだかしら? 寒くてたまらないわ…」
僕らの距離がマイナスになるくらい身を寄せる。
「あともう少しだよ。あと3分だ」
「夜空は綺麗だけど、寒いのは勘弁」
そう言って頬擦りをする。その仕草がどうにも愛おしくて、頭を撫でる。彼女は目を開け、嬉しそうに目を細めた。
「透の撫で方、私好きよ」
「僕も薫の髪撫でるの好きだよ」
ホーム内に列車が来るのを知らせるベルが鳴り、女声アナウンスが流れる。
「ようやくだわ…もう、待ちくたびれちゃった」
だがその笑顔は屈託が無く、とても可愛らしかった。