百戦錬磨 第一話
ベッドの上で半裸状態になっている青年、龍雅和斗は冷房の影響で涼しいというよりも寒くなった部屋で爆睡していた。
ガー、ガー、ガーと少し古くなった冷房から激しい勢いで冷気が噴き出す。その度に冷房の送風部分がさびれたような音を響かせる。時折、送風が止まるのはおそらく古すぎて冷房自体が壊れかけだからなのかもしれない。
そんな時に部屋中に呼び鈴が鳴り響いた。
「う・・・ん・・」
呼び鈴の音で意識が夢の中から現実へと引き戻されたのか、和斗はゆっくりとその瞼を開ける。カーテンの間から差し込む朝日が電気を点けていない部屋を明るくしている。
「・・・ふぁ~」
呆けたような大あくびを一つしてから寝起きののらりくらりとした動きで来訪者を伝えるドアホンの親機の元へと歩みより、来客であることを示す点滅しているボタンを押し、話しかける。
「もしゃもしゃ?」
ボケているのか、それともただ単に寝起きで呂律が回らなかったのか分からない微妙な話し方で親機から玄関に設置されている子機へ話しかける。
「まったく。しゃっきとしなさいよね、和斗!今日からあんたも二年生でしょうが!」
声と共に表示される映像には黒髪をポニーテールにしている元気な少女が映し出されていた。
「・・・はぁ・・・え~、何で夏樹がここに?」
先ほど起きたばかりで未だに頭が回らないのか、目の前の幼馴染の少女、東雲夏樹が自分の家を訪ねてきた理由が分からなかった。
「・・・はぁ~。まったく、ほんとに・・・」
和斗のその言葉を聞いてあきれる格好をする夏樹。その仕草が妙に夏樹の外見と合っていてとても可愛いのだが、和斗はそれを機にした様子もなく欠伸をしている。
「今日は明日の準備だって紙に書いてあったじゃない」
「あ~、そうか。今日は確か明日やる入学式の準備があったんだっけか」
そこまで言われてやっと思い出した和斗はカレンダーに目を向けながらめんどくさそうに話す。
和斗たちの学園は本来、四月九日にやる予定であった入学式が様々な事情により伸びに伸びて明日の二十日になってしまったのである。故に、和斗たちは入学式で新入生が入ってくる前日まで暫定的に一年として扱われているため、入学式の日を忘れてしまうことも仕方ないかもしれない。
「どうしてそんなに重要なことを忘れられるのか教えてほしいわよ」
「そうだなぁ~。春なのに夏と間違えるぐらい暑いからじゃないか」
まだ眠気が覚めないのか、会話しながらもところどころに欠伸をする。無論、夏樹の側から和斗の顔が見えているわけではない。
「はぁ~。分かったわよ。待っといてあげるから早く準備しなさいよ」
「はい、はい」
和斗は曖昧に返事をしてから通話を切る。そして、一言。
「寒っ!」
和斗はすぐさま冷房を切るリモコンで冷房を停止させた。
ピーという操作音が聞こえるとしばらくして冷房は停止する。しかし、冷房が止まったからといってすぐに元の温度に戻るわけではない。
「寒い、寒い!まさか寝ている間に設定温度が十五度になってるなんて・・・誰かの陰謀か?」
実際のところ、ただ単に寝返りを打った時に偶然、リモコンが和斗の体の下へ入り込んだだけというのが真実である。まぁ、もっとも本人は寝ているので気付くはずもないのだが。
「・・・ふぅ・・馬鹿なこと言ってないでさっさと支度するか。夏樹がうるさいし」
和斗は外で待っている夏樹のことを考えてできる限り素早い行動を心がけて準備し始める。
自分の部屋から出てきた和斗は階段を下りて一階のリビングへと向かう。
リビングに入ってそこで和斗は部屋に二つある机の大きい方に何かが載っていることに気が付いた。
「ん?なんだ?」
和斗は未だに眠気が覚めないのか目をこすりながらその机に近づく。机の上には一枚の紙が置かれている。その紙は簡単に一言だけ書かれていた。
”今日は昼に帰る”
和斗はその一言に少し怪訝な表情を覗かせてから一つため息をついた。
「・・まったく。あのおっさんは・・・」
しかし、今度見せた和斗の表情は先ほどとは違って少し、優しそうな表情だった。その紙を丸めてゴミ箱に捨ててから和斗は身だしなみなどを整え始める。
そうやってすべての準備が出来てから家を出た時間は夏樹が和斗を起こしてから実に三十分後であった。
三十分の間にも何度も何度も鳴らされる呼び鈴を無視し続け準備ができたころにはすでに三十分も経過していたのだ。
「ほんっとに馬鹿じゃないの!?」
夏樹が走りながら和斗に暴言をはいてくる。それもそのはず。和斗のせいで学園に遅刻しそうになっているのだから。
「うるせー!だったらもう少し早く起こしに来い!」
「何が起こしに来い、よ!私だって忙しいの!分かる!?」
「分かるか!大体、起こしに来るのなら弁当とか用意して来い!」
「何で私が!大体・・・」
などと二人は不毛な言い争いをしながら通っている学園、皇育(こういく)へと向かっていった。
和斗たちの住む町、皇(こう)王宮(おうきゅう)。帝国異能力者連合の実権を掌握している十二の家柄の一角である皇極家が本家を構える巨大な町である。
その町も例外に漏れることなく異育が存在した。
和斗の通っている異育は皇(こう)王宮(おうきゅう)異能者(いのうしゃ)育成(いくせい)学園(がくえん)、通称“皇育(こういく)”と呼ばれることが多く、和斗もその学園へ通学していた。
鉄製の巨大な格子型の門の奥に立ち並ぶ巨大な校舎が和斗たちの通っている学園、皇王宮異能者育成学園、“皇育”である。
皇育は小、中、高の一貫校で高校は町の中心部に、中、小は町の中心部から少し離れた山間部に位置している。
少し離れたとはいっても“皇王宮”と呼ばれるこの町はまさに自然と一体化している町で町の中心部であっても多くの木々が垣間見れる。規模としてもかなり大きい町なのだが、周辺を山や平原に囲まれているため都心部からすれば田舎と見られることもあるが、ここは立派に都会である。なにせ、日本経済を支える巨大企業が軒並みここに本社を置いていたりもするからである。
皇育は門から校舎までの道が桜並木となっており、この時期にはとてつもなく綺麗でよく観光客が学園の敷地とは気付かずに中に勝手に入ってくることもあるほど。
また皇育の校舎と敷地面積自体もまた大きく、日本の中では一番であるため、高校とは思えないほどである。
そのため、私立ではないのに全国から生徒が集まってくる。皇育の校舎は門を入ってから八個の校舎に分かれている。
一つは異育の花形で一番人気の“戦闘学課”
次に人気がある“諜報学課”
三番目に次ぐのは“内政・医療学課”
そして、この三つの学課以外の学課は順位が毎年移行するので明確にはどこが人気なのか分からないが“軍事学課”“戦略学課”“研究学課”“警護学課”“生粋課”がある。
それぞれの学課に校舎が一つずつ以上あるため、初めて日本の異育を見た、あるいは知った人の多くは大学と間違えることが多い。
もちろん、その中でも一番大きく、新しい校舎を与えられるのは言うまでもなく花形の“戦闘学課”である。
さらに各学課はAクラスからGクラスの七クラスに分かれており優劣の差が一瞬で見分けることが出来る仕組みになっている。