充溢 第一部 第十八話
第18話・6/8
「君は閣下を相手にしても引く所知らずで立派だったと言うね。
最後まで立ち会えなかったのは残念だよ」
フェルディナンドは上機嫌だった。公に、こうして新しい友を紹介できるのだから。
一方、こちらは複雑な気分だった。一人の国民として公を敬愛する気持ちがあるからだ。相手が承知の上とは言え、こんな下らない話に巻き込むのは、自分の身分としては不敬なのではないかと、畏れるのだ。
「持ち上げても、何も出ませんよ」
緊張を隠そうと、すげない返事をするが、それは隠しきれず、彼は私に、公は民衆のイメージほど堅い人間ではないと諭す。
いつも見るのとは違う扉だ。近衛騎士団の屋敷と公爵の屋敷は、渡り廊下で繋がっている。自分がポーシャ様と会いに行く時はいつも閉まっている扉である。
「やぁ、久しぶり。シザーリオくん。
こうした"格好"でまた会えるとは、見えぬところで深い縁があるのだろう」
公もフェルディナンドに劣らず上機嫌だった。立派な男だと信じていたのに見損なった。
「私としては不足はない。どうだろう。今にでも決断したらどうかね?」
これまた意地の悪い。
「私には嬉しいお申しつけですが、憶断は許されません。先日、主人に叱られたばかりですし」
公もフェルディナンドも、この態度は立派だと褒め称えた。あまり嬉しくない。
「私としては、あまり長引かせてその分、苦しませるのは好まないがな」
公も、この猿芝居を続けたくないようだ。しかし、こうして口裏を合わせる姿を見ると、ポーシャ様には頭が上がらないみたいだ。
取り敢えず苦笑いをした。横のフェルディナンドは、我が身を案じられたと気分を良くし、公に謝辞を述べた。
考えた。わざわざ公のところまで連れてくるところまで来て、ポーシャ様はどういう落とし前をつけるつもりなのだろうか? 答えは出ない。
公爵の屋敷を離れ、近衛騎士団の館に向かう。
偉そうに近衛と名のつくけれど、こういうたぐいの戦闘集団は、公とその他、幾らかの貴族が持っているだけである。戦争が起これば、民衆が駆りだされるか傭兵を連れてくるかである。
この国の住民は兎も角、傭兵や援軍はあまり使いたくないものである。公は、常備軍の必要性と可能性を考えているが、大評議会への根回しは思うように進まないらしい。
周辺の経済は安定しているし、各国の交易が盛んであることを引き合いに、各国がその状況を崩してしまうのは、お互いに合理的ででないと言うのが、第一の言い分であった。彼は、数多くの戦史を引く事によって、その反証を説いたが、過去と今では貿易で動く金額も物量も違うし、我々はもっと進歩的であると言って聞かなかった。
恐らく、世界の部分部分で平和ボケの時代が訪れる度、同じ議論が交わされることだろう。
騎士団のメンバーと面通しをした。正式に入るなんて話ではないし、向こうも侮っていたので、終始穏やかでいられた。
とは言え、血の気の多い人間もいるものである。いちゃもんを付ける男が一人現れると、同調者も出てくる。
フェルディナンドは、それを見事抑えてくれたが、どうにも収まらないので、どうか一つ手合わせしたいと言うことになった。
着替えが用意されたが、着替えるわけにも行かず、『このままで結構』と言ったのが、運の尽きだった。
周囲の態度は一気に悪化した。
ああ、手加減したら怒られるんだろうなぁ。
作品名:充溢 第一部 第十八話 作家名: