充溢 第一部 第十八話
第18話・5/8
女は、男がしょげて出てきたのをしっかりと見ていた。
姿が往来の中へ溶けこむのを見計らって、工房の扉を叩いた。
「貴方がスィーナーって娘ね? すぐにシザーリオと別れなさい!」
単刀直入だった。突然の打撃は攻撃性を与える。口先は勢いづき、『頭、大丈夫ですか?』とまで言ってしまった。
一度火が付けば、言葉は何の効力もなく乱れ散る。
悪態をつく小娘に不足はないと、ミランダはその精神をたぎらせた。こんな失礼な言葉を平然と言えるような小娘は、あの人には不向きだと楯突く。
「人の家をこそこそ探る人が何ですか。名乗ったらどうなの? ミランダさん」
会心のカウンターだ。我が城に乗り込まれて、好きなように言われて、それを飲み込むのは、今日の成り行き上、無理な相談だった。
女は狼狽する。何故、自分の名前を知っているのか、想像も付かないようだ。
だから言ってやる。街中で名の知れた男癖の悪さだと。
「シザーリオを毒牙に掛けるつもり? 無駄ですよ」
彼女は焦った。しかし、その様子を見せまいと、自分がシザーリオに助けられたことを自慢する。
しかし、そんなのはだだの妄想だと調べが付いている。そんないい加減な話よりも、自分の方が何度も助けられているのだと得意げな顔をしてみせた。
なじり合いは続いたが、長く続くものではない。疲れて来て、終いには面倒くさくなる。ひとまず、お茶を飲むことになった。
先ほどシザーリオを追い出したときから考えていた。ミランダという女に出逢ったら、さっさとバラして、こんな茶番を終わらそうと。ポーシャには悪いが、冗談にしては行き過ぎだと感じていた。
なのに、何故、こんな展開になってしまったのだろう。自分の気の短さに嫌になる。
キッチンに入って、一人になると、急激に自己憎悪に駆られる。
二人は、二人して混乱していた。普通のお茶が切れていたので、奇妙な味の方のお茶を出す。
冷静さを取り戻すも、交わす言葉は少なく、時ばかりが過ぎていった。
「ご馳走様。変わったお茶ね。お礼を言うわ。
でも、必ず私のものにしてみせますからね!」
「頑張って下さい」
すっきりしたのか、もやもやしたのか分からぬまま、二人は別れた。
悪い人ではなさそうな気はするんだけどなぁ。
作品名:充溢 第一部 第十八話 作家名: