充溢 第一部 第十八話
第18話・3/8
老練な騎士は、自分がこの国の近衛騎士団の団長であること、その後継を探している事を簡潔に伝えた。
慇懃な挨拶を交わすと、先の裁判で活躍した弁護士、シザーリオと話させて欲しいと迫ったのだ。騎士というのは人並み以上に思い切りの良いのだろうか。
「彼は今朝方旅に出て、いつ戻ってくるか分かりません」
ネリッサは儂の目配せを無視して追い返そうとする。
我が家のメイドとは言え、見上げた根性だと感心したが、こんなに面白い事をみすみす逃してはならない。状況は複雑な方が、間違いなく楽しい。
「ありがたい話です。
お話は、彼を交えての方が良いでしょうから、今すぐ呼びましょう。
まだ遠くないでしょうし、武者修行のあてのない旅ですから、本人も喜ぶことでしょう」
騎士団長を招き入れると、ネリッサに声を掛ける。
『かしこまりました』以外の返事をはできまい。
『まだお若いのに』は良く聞くフレーズだ。こんな時は、『両親を早く亡くしまして』と答える。
己の事ながら態度は大きくても、ただの子供だ。大抵の大人は儂を侮り、最後には後悔する。しかし、この男、見る目があるのか、礼儀正しすぎるのか、一向に態度を崩さない。
儂の親がよほど立派だったように思えたのか、自分の息子を引き合いに出して、"親は居ずとも子は育つ"と引いてみせる。手塩に掛けても碌な者にならなかったと嘆息し、自らを責める始末。
こんな年頃の子供を目の前にして、こんな会話なのだから、よほど追い詰められているのだろう。彼の事は有名だし、押しかけて来た理由は既に調べが付いている。さて、どう料理したものか。
後進の指導に関しても、公爵も一目置いていると、彼を持ち上げた。
また、大衆も彼に好感を抱いている事も伝えた。この国は、目立った攻勢はないにしても、外患も少なくない。そんな国で、何かあれば真っ先に突っ込んでいく。その勇姿は、彼の行きすぎた性格を補って余りある程の羨望を集めるのだ。
こうした事実を述べてみるも、返ってくるのは息子を憂う親の情。
このじれったいやりとりは、儂を苛立たせ、また彼も何とか、話の糸口を掴みたいようだった。
「私のような子供に、教育相談をされましても……」
こちらが苛立ちを見せると、男は奮い立ったのか、語気を強めて決意を語った。
「いや、私はもう、その事は諦めました。彼を見かけて、決心をしたのです。
彼を私の後継にさせてください!」
よくぞ言ってくれたと、内心気分を良くしたが、すんなり同意しては面白くない。
「落ち着いて下さいませ。
貴方が仰りたい事は分かります。でも、性急に決めることでも御座いませんわ。
彼の人格を保障しろと言われれば、私がそうしましょう――でもやはり、貴方の目でじっくり見て頂かないと。それに、彼だって貴方を選ぶ権利はあると思いますの」
男は、軽い怒気を残しつつ、静かに語る。
「なるほど、私も試されているのですね」
「滅相もない。余程の理由でもない限り、私は彼を貴方にお預けするつもりですわ」
ネリッサがシザーリオと変身する前に決着を付ける事が出来た。
作品名:充溢 第一部 第十八話 作家名: