充溢 第一部 第十八話
第18話・2/8
フェルディナンドと言う名のその男性は、思い切りが良かった――同時に執念深さも強かった。
初めて見かけたのは、"彼"がマクシミリアンと他の運び屋を次々に叩きのめした直後だった。
しなやかな身のこなしを見て、自分の跡を継ぐ者だと決めつけた。
この男、公爵麾下の近衛騎士団長で、無類の強さのみならず、信頼に厚い人物であったが、仕事に纏わるその極端な比熱容量は、部隊の中でさえ呆れられる程であった。
それでも、前述の美点に抗えぬ公爵は、彼に彼の後継探しを任せていた。
その日は、その男の正体を探り出す事に費やし、遂に、アントーニオの裁判での発見にて、それが判明することになった。
初老の騎士団長は悩んでいた。一人息子があまりにも愚鈍であったからだ。
手前味噌だが、自分に似て、顔には自信がある。だから、女遊びだけは一丁前だった。そして、周囲に自慢をする。親父が騎士団長だから自分も自動的にそうなるのだと。
乗馬は兎も角、甲冑を着けるのだけでも危うい愚息が、どんなつもりで言っているのかを考えると、腹立たしくて堪らない。
彼の兄さえ生きていれば……行方不明になったのが弟の方であったら。
いや、それは口にしまい。他に男の子は一人、女の子は二人生まれているが、全て小さなうちに命を落としている。一人生きているだけでも、幸運な事なのだ!
邪心は、そうやって振り払ってきたが、そろそろ限界だ。
取り替え子だと思い込みたかったが、顔は紛れもなく自分の倅である。
人並みにものを与え、人並みに試練を課してきたつもりだ。兄のことやその他の子供については、無用なプレッシャーなど与えたつもりはなかった。
騎士が嫌であれば、商売でも学者でも好きな道を選べとも言った。
何が悪くて、こんな風になってしまったのだ!
仕事もしない、かと言って、自分を鍛錬する事もしない。倅は自分に不満をこぼしたことはない、金に不自由をさせていないからだ。
一度、金を一切与えなかった事があるが、私の名義で借金を重ねて、挙句、港湾界隈の柄の悪い輩と付き合いだしただけだった。結局、放蕩っぷりに一段の磨きが掛かってしまった。
いつか目覚めるだろうという期待は、もう持てなくなった。
そこで、彼を養子にして、自分の息子を追い出そうと考えたのだ。
騎士団長は、堂々とポーシャの門を叩く。従者など使わず、自らの手で。
作品名:充溢 第一部 第十八話 作家名: