充溢 第一部 第十八話
第18話・1/8
ミランダと言う名のその女性は気が早かった――同時に思い込みも激しかった。
初めて言葉を交わしたのは、"彼"がマクシミリアンと他の運び屋を次々に叩きのめした直後だった。
「私は、貴方を助けるつもりでいた訳ではないのですが……」
素っ気ない言葉は、彼が自分に気のあるからだと決めつけた。
この女、容姿はなかなかのもので、その気になれば割と気の利く女性であったが、男性に纏わるその極端な比熱容量は、社交界でさえ呆れられる程であった。
彼女の実家はなかなかの資産家であった。父の遺産の半分を受け継ぎ、それも仲の良い兄夫婦に運用を任せていたので、金銭的な自由もある。
上記の理由から、性格がどのように噂されても、言い寄る男は多く、それが彼女の性格をより厄介なものにさせた。
地位や金をちらつかせる男や、色恋事の手練手管に長けたナルシストばかりに出逢ったからだ。そんな小物に興味はないと、街角で理想の男性を探すのが日課となり、実際に多くの短い恋を重ねた。
マッチョな大工は性格も良かったが、食事の作法を知らなすぎたし、貧乏な画家は最初こそ野心に満ち溢れていたが、囲んでやるとすぐに保守的になってしまった。聡明な家庭教師は、馬鹿な話について行く事を軽視する詰まらない男だったし、没落貴族の音楽家は、自分の価値に目覚め他に女を作ってしまった。
どんな男でも、交際が続けば、あの食堂に描かれたフレスコ画のように崩れ落ちて行ってしまう。こんなに愛を注ぎ込んでいるのに、どうしたことだろう。最後には見苦しさだけが残ってしまう。
初めて出逢ったその日から、彼を捜し求め、遂にアントーニオの裁判での邂逅――これは有名人を"見た"を"逢った"と言い換えるのと同じ意味でだが――にて、正体が判明することになった。
彼女にとって、弁護士は気に入った職業である。
一般的に弁護士というのは、口の減らない男の仕事だと思われがちだが、彼女はそのような巷の評価、世に言われる職業的性格と言うもの一切信用していなかった。
頭が悪くては出来ない仕事だ。彼の身のこなしを見れば、育ちは確か。熱い眼差し、公爵相手に後れを取らない威厳、そして、いざとなった時、何者からも守ってくれるその強さ。
欠点らしい欠点が見つからない! 見つかるにしても些細なことだろう。それさえも愛おしくなるだろう!
彼女の彼への追跡が始まった。
彼女の愛は、空気中を迅速に伝わった。妙な女がシザーリオを嗅ぎ回っているのだ、何事かと騒がれたが、その日のうちに彼女の事は調べ尽くされ、安全宣言が出された。
安全と言っても、それは別の危険である。この知らせに含み笑いをするのは、この屋敷に一人しか居まい――加えて、今回は良き参謀に恵まれた。
参謀とは、言わずと知れたスィーナーである。カフェでの出来事を許すのには、三日間と言う時間はまだ少なかったからだ。
作品名:充溢 第一部 第十八話 作家名: