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充溢 第一部 第十七話

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第17話・2/3


 港の風が全てを洗い流していく。
 男は、船員達と抱き合い、無事を喜ぶ。彼らは黙っていてくれるだろう。
 船と船から垣間見られる海は、瑠璃色に無限に広がっていた。


「屋敷の男達をまとめてお使いに出したと思ったら、こんな物作ってたんですか!?
 こんな新しい船見たら、普通バレちゃいますよ」
 ネリッサが驚いている。何か突っ込みどころが違う気がしたが、面倒臭いので黙っていた。
「アイツがあんな目をしているうちは、別になんてことでもないよ」
 岸壁に目を向けると、アントーニオと視線が合った。静かに、自信満々に歩んでくる。胸を張り、大きな歩幅で大地を踏みしめて。
 海風が強い。

「しかし、何故、あの男が? あの日まで、俺はあんな男知らなかったんだぞ」
 談笑の中で、再びイアーゴーの話に戻る。
 ポーシャがかなり熱心に調べたが、憎む理由が見つからない。交友関係に結びつきが見つからない。第一、あの男に親しい友人も家族もいなかった。
「道端で肩がぶつかったとか、そんな事でもないかね?
 憎悪って言うものは、いつどんな事がきっかけになるか分からん。それを制御できない人間は、社会的にまともに見えていても、隠れた所で、それを膨らませるのだ」
 人が人を好きになるのも、嫌いになるのも大した理由ではない。せいぜい、好きの場合は、無条件なものと条件的なものに大きな差はあるが、嫌いはどちらにしても嫌いである事に変わりはない。下方硬直性があるのだろう。
 ポーシャが難しい顔をしていると、男はあっけらかんとして答える。
「犬に噛まれたようなものだな」
 ポーシャは、『これは教育上よくないぞ』と、私の顔を伺い、また男に向き合う。
「人間は、小さな事で壊れるし、小さな不調も立ち直らせるには、相当に骨が折れる」
 それでも、男は何処吹く風という顔をしている。
「骨を犬にくれてやるぐらいなら、そいつの為に骨を折ってやりたいものだ」
 アントーニオの減らず口に、ポーシャはしょうがない奴だと言う顔で、男の胸を指し告げる。
「お前さんだって、あんな人間にいつなると知れたものじゃないぞ」
 いつもの乗りで、話に乗っかってくると考えていたのか、ポーシャの態度に、アントーニオは驚きの顔を見せた。
「用心しておくよ」
 口の中で言葉を濁らせて、苦い顔をした。
作品名:充溢 第一部 第十七話 作家名: