充溢 第一部 第十七話
第17話・3/3
アントーニオは持ち前の明るさから――内面的な気持ちはどうあれ――考えられそうな事については、あれ以降、一切口にしなかった。
スィーナーには歯痒かった。見ないようにした問題は、消えてしまうという訳ではないのだから。
それを察してか、ポーシャに誘われ、二人、港から離れて歩き出す。
他の人影も消えた所で、ポーシャが切り出した。
「気になっているのか?」
それはもう、問い詰めたいことばかりだ。さっぱりとした気分で、気持ちを伝えると、ポーシャの目には、気前よくやってやろうと言う決意が漲った。
息を飲んで、覚悟を決める。
先ずは、今回の一件はかなり前から気付いて動いていたというのに、何故、あの鐘楼の丘での出来事を気付けなかったのか、言い訳を迫った。
ポーシャは、苦虫を噛み潰したような顔をして、自分の手数の少なさ、それでも自分はこの国の事ぐらいは、隈無く知り得たつもりでいたことを残念がっていた。『上には上があるものだ』と。
次に気になったのは、今回の一件と二人の老人の死との関連だ。
そう考える根拠はなかった。人間は数々の現象をひとまとめに考えがちだ。不思議な出来事を全て神の仕業にしてしまうのと同様、考えたくないことは簡単な理由付けで納得してしまう。そして、いつしか、それが証明された、間違いのない事のように自らに固定化させる日が訪れる。
そんな甘えは、直ちに看破されてしまったので、正直に白状した。
「そうした方が気分が楽かなってだけの事ですよ。足の遅い二人に追い回されるより、足の速い一人に追い回される方が気が楽ですもの」
「そこまで自分の事を分析できて……惜しい娘だよ」
ポーシャは目を細める。こちらは不敵な笑みを溢して、うやうやしく謝辞を述べると、嫌みも板に付いてきたと、微笑み返してきた。
あのネズミ取り男は、現在この街に潜んでいるという。そして、イアーゴーとの接触は、一回は確認されている。彼と鐘楼を繋ぐ線は見えないが、全く無関係とは考えにくい――知りうる情報はこれまでだった。
「少ないですね……」
悔しい、惜しい。表情を読んで、ポーシャは困ったように答える。
「だから、それを言ってくれるな」
外野から偉そうに茶々を入れているような自分に気付いて、恥ずかしくなる。そう、この味の悪さを感じているのは自分だけではないのだ。
「なに、遠慮することはないさ。飛び入り参加とは言え、お前も無関係ではないのだからな」
暗い話はこれまでと、ポーシャは明るく振る舞う。
「そんな、好きで飛び込んだみたいに」
笑って返すと、途端にポーシャの視線に射られた。
「好きで飛び込んだんだろ?」
この感覚、久しぶりだ――しかし、今までとは違い、何やら挑戦的な、誘われているようにそれは見えた。
作品名:充溢 第一部 第十七話 作家名: