充溢 第一部 第十七話
第17話・1/3
ポーシャの屋敷に遊びに行くと、残念そうな顔の彼女がいた。
「やられたよ。嫌味の一つでも言おうと思っていたのだがな」
公判から明けて翌日、運河でイアーゴーの死体が上がった。
ポーシャは、監視の手を回していたが、間に合わなかったのだ。法廷から出る姿を捉えることすら出来なかったのだから。
遺体は貯木に打ち上げられていた。犬に食われた跡まである。あまりにも無残な為、すぐさま埋葬された――彼には家族らしい家族もいなかったからでもあるが。
アントーニオが顔を出した。いつになく身なりに気を付けている様子だ。
「みっともない所を見せちまったな」
正直に、照れるところを隠さない顔だ。
「貴方が口説くような女の人って、こんな裁判に興味のない人でしょ」
そんな顔をされたままでいるのも気持ち悪いので、意図をわざと曲解してあげた。
「それは褒めているのかね?」
いつものアントーニオだ。安心して答える。
「さぁ?」
そのままポーシャに目配せすると、彼女も片眉を上げ得意げに男を眺める。
「面目ない」
顔を落とす男を眺めやって、ポーシャはなだめるように言ってやったのは、アントーニオお得意の『好きでやったこと』だ。いけ好かない野郎を、まんまと出し抜けたことに満足しているから、三千ダカットの精算も裁判費用も惜しくないという。
「あんたに言われちゃ、敵わないね。金銭感覚も狂うよ」
今の状況を笑い飛ばそうというのか、自嘲気味に船のない自分を笑い。雇ってくれるところはないか――ポーシャの所で働く事はできないか? と投げかける。
この言葉を聞いて、ポーシャはまるで何処かの大店の旦那が、番頭を諭すような口調で説教始める。
「馬鹿なこと言ってはいけないよ。誰が、お前みたいなお人好しを誰が雇ってやるものか。
たかだか船が沈んだぐらいで、萎えるほどの野心かね? 悪いが見込み違いだったな」
肩を落とす貿易商、彼の視線を外したところで、ポーシャはどうにか笑い声だけは我慢していた。
「ポーシャ様、アントーニオ様、今しがた、船がお着きになったそうです」
戸口からネリッサが叫ぶ。
「時にアントーニオ、君は、自分の船が沈んだと言ったが、それは誰の情報かね?
商売人たるもの、情報の鮮度と精度には細心の注意を払うべきだと考えないかね?」
ポーシャはアントーニオの肩を叩いて、そのまま陽光の下へ躍り出たのだった。
作品名:充溢 第一部 第十七話 作家名: