充溢 第一部 第十六話
緊張の場面で、公爵は諭すような言葉を掛ける。
「承知してございます。こちらに新しく誂えた秤も御座います。きっと正確に計れるでしょう」
真鍮の皿や腕が美しい天秤が別の木箱から取り出される。
これには、目を奪われた――目を奪われたのは自分だけだった。
弁護士――ではなく、人斬りが剣を構える。いよいよその時が近づくと、"観客"はいよいよ息を呑む。彼らは、このイベントのために来ているのだから。
アントーニオは法廷中央に引っ立てられる。兵士に髪を掴まれて、顔もその周囲の有様も、散々なものだった。
血の気の失せた顔面に、しかし、それでも汗がにじみ出ている。目は爛々としていて、不気味な光を放つ。暴れはしまい。覚悟があるのかどうかは知らないが、殺される者の顔をしていた。
※酔狂にも四倍も六倍もの金で
「ヴェニスの商人」第三幕第二場参照
※流血を厭う者は、これを厭わぬ者によって征服される
「戦争論」より
作品名:充溢 第一部 第十六話 作家名: