充溢 第一部 第十四話
第14話・3/4
また別の依頼であった。今日こそは"決定的な予感"を確信していた。むしろ望んでいたと言うべきだろうか。
「常識的に考えて、前頼んだものと同じものを作るに決まっている。馬鹿じゃないのか? お前みたいな能なしは始めて見たよ。
学がないとこうなるのかね。これだから貧乏人は嫌いなんだ!」
この男はこの事を言いたいがために、前と同じ手で自分に嫌がらせをしたのだ。正しい物を作っても、間違った物を作っても、口汚く責めるつもりだ。
自らを好んで自らの品性を落としているのだから、めでたい人間だ。尤もこの男は、教授や親や長男が観察した結果だけが、神の付ける通信簿に書き込まれるとでも思っているのだろう。公正の女神に出逢ったとき、秤に掛けられる物を自らの好みで選べると信じているに違いない。
やり口が分かりやす過ぎるにも程がある。納期を短くすれば、片方しか調合できないと決めてかかっていたのだろう――なるほど、彼の技量ならその程度の仕事も満足にできるかどうか。
「実は、そのように仰られると考えまして、"正しい"配合のものも作って参りました。お納め下さい」
人間の顔色の変化と言うものは、文章で誇張されるよりもずっと目まぐるしい反応だ。血の気が引いた刹那、波が押し寄せるがごとく真っ赤になった。
このまま頭の線でも切れたほうが、彼にとっては幸せなことだろうに。うっかりと哀れみの表情を出してしまった。
「何だその目は」
「震えているので、ご体調でも悪いのかと見えまして」
「てめぇ、ナメてんのか。タダで済むと思うなよ」
その日は、その限りで返された。
どうせ、仕事の発注が回ってこなくなるだけだろう。それで、彼が満足するなら、それでもよい。
生活は厳しくなるだろうが、多分、大丈夫だ。最初は何もなかったのだ。以前、アントーニオが励ましてくれた言葉がなければ、男を張り倒していたかも知れないし、気分が沈んだまま何日間かを無駄に過ごしただろう。
結果だけを言うと、反抗的意思を失わなかった私の負けだ。しかし、屈服して仕事を得るのが勝ちだとも思わない。
何にしても時は戻らない。あの小男は、こうして私を閉めだした所で、何か成長できるはずもない。死ぬまでその立ち位置から離れる事は出来まい。
作品名:充溢 第一部 第十四話 作家名: