充溢 第一部 第十四話
第14話・2/4
学園へ至る道、今日こそは何か嫌な事が起こると分かっていた。
人間の敵意というものは、必ずにじみ出て人に伝わる。それを伝えないようにすることは、自分の善意を伝えることよりも難しいだろう。
学生街を過ぎ、学園の門番の所で署名し、人気のない階段を上り、笑い声の漏れる戸口に立つ――決まってノックをする前に辺りが静まる。
今日の依頼主は、いろんな意味で小さなその男だ。例外的に大きいのは態度と自尊心ぐらいなものだろう。貴族の三男で長年助手をやっていると言うから、性格はさもありなんと察していた。いつも不機嫌な顔をしているが、教授辺りには笑顔を作ってみせるのだろう。気色の悪い事だ。
「それはお前が判断することじゃない、言われた以外のことをするな」
下らないことである。合成の指示が明らかに間違っていたので、正しく合成したまでだ。今までにも同じものを何度も合成しているから、気にすることはなかった。
烈火の如く捲し立て出したのは、それを指摘した直後だ。
「お望みのものをお届けしたのですから……」
「そう言う問題ではない」
じゃぁどんな問題だと訊ねたかったが、男が腹を立てているのは、自分のミスを私に指摘されたその事なので、何を言っても無駄だと諦めた。
「分かりました、もう一度お作りし直せば宜しいですか?」
「間に合わないからいい。お前のせいで、全てが台無しだ。どうしてくれるんだ」
正しいものを作った所為で台無しになる研究というのも興味がそそられる話だ。どうするもこうするも、この私に嫌がらせをしたいというだけの事だ。そのくせ、周囲にはそれ以外の理由を吹聴するのだろう。
代わりに論文を書いてやろうとでも言ったら、どんな顔をするのかも気になったが、さっさと帰りたかったので、黙ってやり過ごすことにした。
どうせ研究が思うように行っていないのだろう。合理的判断が出来無いのだから、学術研究を行う適正に欠けているのは間違いない。
『合成屋の分際で』とか『調子に乗るんじゃない』とか、いよいよ研究とは無関係のことを攻めだす始末。
深刻そうな顔つきでいれば、そのうち怒りは収まる。人間の体力に限界はある。防御は攻撃よりも強力なのだ。
「もういい、帰れ」
怒っては負けだ。帰り道、自らの攻撃的感情を無理矢理抑え付けながら歩く。
悲しくなってくる。あの"高さ方向に挑戦した男"そのものより、そのような仕組みの中で平然としていられるこの学園全体が、他の合成屋も含めて、この業界で生きる全ての人が憎らしかった。
しかし、憎しみに身を焼いてはならない。悲しみは乗り越えられる。あのような人間は、あのような"真実"の中でしか生きられない。同じ人間になってはならない。
作品名:充溢 第一部 第十四話 作家名: