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充溢 第一部 第十四話

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第14話・1/4


 再び研究に没頭する日々が始まった。
 相変わらず、ポーシャやアントーニオが邪魔をしに来る。
 アントーニオについては、あの日以降どことなく醒めた感じはあったが、未だにしばしば昼を一緒にすることがあった。あの一瞬、靡くものを感じた自分が悔しい。
 カフェはほどほどに込んでいる。角地に立つカフェの窓際の席に座る。目の前を人が行き交う姿を眺めながら皿をつつく。
「ここに来て暫くだって言うのに、まだ女友達もできんのか?」
 無神経なのか気を配っているのか分からない男だ。
「そんなことより、貴方が変に親切にするせいで、この前街角で女の人に絡まれましたよ」
 自分よりずっと魅力的な女性だったし、それは当人も認めているようだった。
 それから、相当馬鹿にした態度で悪態を付けられた。公衆の面前であそこまで出来るのだから大したものだ。反論も馬鹿馬鹿しいので、黙るまで待っていたら、それっきりだった。
 彼女は私のことを、気まぐれで遊ばれた気の毒な子だ、と見ることが出来れば、それで納得したのだろう。
「俺は、可愛い人を見ると、誰でも親切にするぜ」
「それで納得してくれる都合のいい人はそんなに多くないですよ。
 第一、私が急にお洒落するようになったお陰で、余計に学園に顔を出しづらくなったじゃないですか」
 下手な刺激をしまいと、学園へは普段通りの格好で行くようにしていたが、監視の目は厳しいものだ。
 見下すべき対象が恵まれていると、堪忍ならん人間が多いようだ。本当に高貴な人は、そのような人間が居ることさえ知らないから、比較もしないし、哀れみもしない。当然、嫉妬することもない。
 彼らの態度の悪化を見て、心を苦しめるのも、何か同類に落ちるようで癪だから、黙って我慢するしかない。
「嫉妬されるのは若さの専売特許だ。それに可愛いし」
 この男の言葉だからむしろ安心できる。これは記号だからだろうか? 意味があまりにも軽すぎると、言葉は記号化する。

 小僧に挨拶の練習をさせている店を見た事がある。店先で、誰に向かうともなく『いらっしゃいませ』と、大声を張り上げ、機械的に頭を垂れる。それを延々と繰り返している。哀れだ、無意味だ。件の小僧を屈服させる手段としては意味があるのかも知れないけれど。
 反復練習は、肉体的反射を確実にさせる。素早く、間違いなく。それは、人間の思考や感情が介在せずに行われるからだ。剣術や弓術、職人やゲームの競技者がこれを行うのは、道理がある。スピードも正確さも、考えてやるよりも桁違いに良くなる。人間の肉体とはそのように出来ている。
 その上、思考を別のことに使う余裕を与える。剣士は剣を振り下ろした後の機動に結びつけられるし、競技者はその余裕分から、僅かな変化を感じ取り精神を先鋭化させる事が出来るのだ。
 では、挨拶にその効用の何を期待できるだろうか? 挨拶を記号化させて出来た余裕分で、何を考えているのか? 恐ろしくて、二度とその店に行けなくなった。
 朝の挨拶は朝に言われるから安心できる。毎日の反復だが、それは記号だろうか? アントーニオのそれと店のそれとでは、何が違うのだろうか。

「お嬢ちゃん?」
 意識が飛んでいた。
 本気で受け取ったと勘違いされまいと、急いで反射する。
「そんな事だと、碌な死に方しませんよ」
「愛の為に死ねるなら異存はないんだがな」
 わざとらしく気取ったので、鋭く牙を剥くことにした。
「キモイ!」
 見込みのない戦いするより、他の女を相手にした方がいいのではないか?
 何処まで本気か分からないが、工房に来られる度にむず痒い気持ちになるのも嫌だ。
「可愛い子を見かければ、いつだって相手にしてるさ」
「ああ、そうですか。正直は美徳ですね」
 苛立ちも通りすぎると呆れになる。
「だが、冗談抜きに誰か友達でも恋人でも作らないと」
 いつになくしつこく食い下がる。
「私は結構です。どうせ裏切られるんだから」
「何があったんだ?」
 真剣な顔をして身を乗り出す。さっきまでの顔はどうした。
「色々ですよ。あんまり好かれる性格じゃないし、私を嫌う人はとことん嫌うから、次第に人がいなくなるんですよ」
 人の気持ちに土足で踏み込んで来る。こういう時、踏み抜いて欲しいところは踏み抜かず、邪魔なところばかり泥だらけにされるのが世の常だ。ポーシャにこそ踏み込んで欲しいものなのに。
「その性格じゃあなぁ」
 自分の性格の所為であるのは分かっている。しかし、だからと言って、どう修正しろというのだろうか? 気に入らないことがあれば、それを直接言えばいいのに。
 人前では良い人でありたいけれど、実際に良い人になる事を拒絶する人々が何と多いことか。表でいい人の振りをするのは疲れると言うのに、何故、裏でこそこそ蠢くエネルギーは捻出できるのだろうか? 全部捨てて、正直になって正面から拒絶すれば、無駄な嘘も、面倒くさい嫌がらせもしなくて済むではないか。
 ある人は言う、『そういう事を言うのがしんどい人がいるのだから、それを分かってあげないと』と。では、そうされる事がしんどい人はどうすれば良いのか? 誰が分かってくれるというのか?
 人の事を考えろという人は、必ず自分の都合を元にその内容を決めている。
「具体的にどんな性格ならいいんですか?」
 アントーニオはカフェに居るというのに大袈裟に笑う。
「君はそのままでいい。そんな人間も必要だ」
「馬鹿にして……」
 無駄に見直してしまった。何だか悔しい。
作品名:充溢 第一部 第十四話 作家名: