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オブスキュラ

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 君の目は鈍感なのか繊細なのかまるで判らんね、と春風が言って写真の束を置いて言った。
「モノクロかカラーかというより先に、何か見落としている気がする」
 本当に西田君が居たんだな、と念を押すように美夜子に聞いて、春風は再びホワイトボードの前に立つと、確か君と同じ位だったよなと呟きながらやや高い所にバツを書いた。
「そうすると、ふむ、平均身長よりやや高めか?」
 ボードにペン先をつけたままぴょんと垂直に跳ぶ。そのまま二度三度跳ねると曲線の極大の平均を取ってもう一つバツを書き足した。
「平均身長」
「まあ参考程度に聞き流したまえ」
 春風は言ってもう一度跳ねると納得したように頷いた。一番低いバツは丁度春風の目と同じ高さにある。すると春風は美夜子を呼んで、線の下にまっすぐ立たせると更に何か書き込む。柱を刻む五月の節句はまだ半年以上も先にある。このくらいの高さはよく見かけるからヒントにもならんな、と春風はボードの少し高い所を眺めた。
「私と同じ位か」
 何のヒントですか、と美夜子は聞いた。ホワイトボードの前に立つと青い線をを指でなぞった。青で書かれた線の上を指が通る。光をそのまま写した写真はモノクロで撮り慣れている美夜子にとっては非常に眩しい。カメラを構えるという行為も、もしかすると光の眩しさから目を反らしているのと同じかもしれない。光密性の筐体の中に一瞬だけ光を覗かせて、切り取ってしまえばこちらのものだ。
「先輩、高い方なんじゃないんですか」
「高いものか。たかが百六十八センチを越えたくらいだから上ならいくらでもいるさ。世界は広いのだよ美夜子君。これくらいの背丈は君の周りに随分居るだろうに」
 跳ねるのを止めた春風が言った。
「それより今日は撮影に行かないのか」
「これから図書館に寄って、その後撮りに行きます」
「ふうん」
 西田君によろしく、とホワイトボードを眺めて春風は言った。
 とはいえ今日の放課後は、特に伊織に会う約束を取り付けていない。
 廊下を辿って図書室の鉄扉を開けると相変わらず中は閑散としていた。カウンターの内では図書委員の小山内が、返却ラックから取ったらしい理科年表のページをめくっていた。
「あ、……山村。写真部?」
「うん」
 また本棚撮るのという小山内の問いに、気が向いたらねと軽く答えて美夜子は辺りを見回した。背後で閉まった扉が大きく軋んで辺りの空気を振るわせる。静粛と書かれた半紙が柱毎に貼ってあるものの、扉を開けての出入り以外、一体いつ騒がしかったことがあったのか疑わしく思っていると、これでも四月初めは騒がしくなるんだと小山内が言った。
「写る?」
「そのうち頼もうかな」
 カウンター席に座って本を読んでいる図も中々面白いかもしれない。
 それよりも地図ってどの辺りにあるのかと押さないに聞くと、図書委員でも思い当たらなかったのか、どんな地図だと一言聞いた。
「市街地の地図が細かく乗っている様なものがいいな」
 カウンターの前からは閲覧席が一望出来る。乱雑に置かれた椅子の背ばかりでこぼことしているのが遠くから見える。
「線路に沿って歩きながら写真撮ろうかと思っていたから、その辺りの地図があれば十分だな」
「結構難しい」
 多分奥の方だと小山内がカウンターを離れて歩き出した。読みかけの本は大事そうに手に持っている。
「山村こないの」
「閲覧席撮るからちょっと待って」
 カウンターの前から閲覧席に向けてカメラを向けると、写り込まないように小山内が脇へと避けた。一枚撮って追いかける。
 図書室の棚はカウンターのある手前側から奥の方まで、九、八、七と時折番号が振ってある。一番奥は零番の棚だ。辞書類は全てそこにある。小山内はその少し手前で本棚の角を曲がった。
「二百九十番辺り」
 本棚の中段は空である。隣の棚からはもう三百番代の分類が始まっているのか、統計や参考図書のやたら重そうな本が詰まっていた。一部二百番台の棚を浸食している。
 棚の一番高い所の本を取るとなるとどうしても美夜子には手が届かない。飛び上がれば何とか届きそうだったが爪先立ちでは本の天までまだ遠い。小口を掴んだつもりが届かずに、指先が本の背を滑ってそのまま奥に押し込んだから尚更本が遠くなる。
 棚に向かって地図を探していた小山内が振り向いて不思議そうに美夜子の跳ねるのを見ていたが、おもむろに立ち上がると本の並びを見て、苦もなくこれかと抜き取った。
「どうも」
 美夜子が見上げて言うと小山内は首を傾げてどうも――と困ったように呟いた。
「少し低い方がいいこともあるように思うんだ」
「ふうん?」
 山村は一番上の本が取れないと言われて美夜子は頷く。それは事実だ。けれども小山内の背丈は目立って高い方でもなく、平均よりも少し高いくらいだから高すぎて困る用にも思えない。山村はちょっと無精と小山内は言いかけて、でもやっぱり跳ぶかなと本棚の上を見た。つられて美夜子も本棚を見上げる。下からはよく見えないが、本棚の上には埃が溜まっているのが見える。
「図書委員だと困るんじゃない」
「低ければ踏み台を探せば取れるからいいし」
 小山内は困ったように笑って下の棚から本を抜く。地図を探すのには特に背の高さは関係がないらしい。
 結局広域地図しか見つからなかったので、地図とは関係のない写真関連の本を二冊棚から抜き出すと小山内に貸出の手続きを取って貰った。地域図書館なら絶対にあるから、と申し訳なさそうに言ってバーコードに付いている磁気を消した。
「普段どんな所で写真撮ってるの」
「休みの日に出かけた先とか結構多いよ。伊織とかに写って貰うときは学校の周りかな。今日は部活みたいだから一人で撮る」
 ふうんと相槌を打ちながら小山内が言いながら返却日の欄に判子を押す。三百六十五日開店休業中の写真部と違って伊織の所属している部活はそれなりに忙しいらしい。
「もう少し探す?」
「あんまり地図探していても撮りに行く時間無くなるから」
 家の近くで撮るよと美夜子は言った。駅からちょっと行くと公園がある所だろう、と僅かに小山内の手が止まる。
「ここから電車に乗って五つ目の。商店街がすごく賑やかなところだろ。前に、山村を駅前で見たことがある」
「そう、そこ」
 判子の日付を確かめて、もう一冊にも押す。美夜子に本を渡すとすることが無くなってしまった小山内は、カウンターの中で立ちつくしている。
「山村、次までに地図探しておくよ」
 暇を潰すのが大変なんだ、とぽそりと小山内が呟いた。頭上から振る声は困ったように柔らかい。
作品名:オブスキュラ 作家名:坂鴨禾火