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オブスキュラ

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 写真物の部室には窓がある。
 一つ隣にある暗室にも窓はあったが作業をする都合上、カーテンがしっかり閉められてるから外の景色は見えない。今まで暗室で作業していたせいか、一層目には鮮やかに見えるのかもしれない。日没が早まりつつあったが、まだ外の景色は鮮やかだ。体育館前や校門の前には枝振りを少しずつ変えながら、皆同じような高さで並んでいる桜がいくつか立ち並んでいて花の頃は見応えがあるが、今は秋なので赤い葉が、風の吹くたび舞飛んでいる。写真では難しい色だ。美夜子が現像したばかりの写真を並べていると春風が来て手元の写真をさらった。
「返してくださいよ」
 美夜子が首を上げると、写真の束をポーカーのように広げて出そうか出すまいか楽しそうにしている春風の姿が見える。やはり春風の仕業だ。文字面では中々情緒的な風景であるが、残念ながら今現在の季節は秋だった。部室に他の人影はない。春風が放課後の何もない時間に部室に来るのは珍しかった。
 いいのは撮れたかい、と春風が美夜子の写真を見ながら聞いた。
「次の作品展には間に合いそうなら是非提出を願いたいな」
 今回は作品の集まりが悪いのだよと春風が上空で言う。美夜子が座っているせいもあるが春風は元から背がある。どう思いますかと美夜子が聞くと、どうにもこうにもと春風が写真から目を上げた。
「それにしてもこの写真は少し遠すぎやしないか。風景としてみるなら良いが、人物写真にしては少し遠すぎる。映っているのは、いつも君が撮っている西田君だろう?」
 春風が一枚束から写真を抜き出して美夜子に見せた。
「たまたま放課後写真を撮っていたら、たまたま遊びに来ていた伊織が偶然映ったんです」
「すごい偶然もあったものだな」
 間違ったことは言っていない。
 シャッターを切った瞬間に伊織のことに気が付いたのだ。けれども若干後ろめたい心持ちがするのは、気が付かなかったとはいえ、伊織の許可を取らずにシャッターを切ってしまったことにある。居心地が悪いのであまりこの話は続けたくはない。そういえば、と美夜子は慌てて話題を変えた。
「先輩、写真の言い換えって何か思いつきますか。伊織と話していてそんな話になったんですけど」
「尊影とか、遺影とか言うから人の姿は影なんだろうが。そういえば明治期の言葉では写影ともいうらしいね。ああ、真影とも言うな――そんな所か」
 言い終えて春風は部室の一角にあるホワイトボードを眺めていたが、何か思いついたのか英語は得意かと美夜子に聞いた。正直国語の方が得意である。座学でもっとも苦手とするのが英語で国語の成績と足して二で割ると丁度良い感じになるのだが、言っても栓のないことなので黙っていると、じゃあ写真の正式なスペルを言えるかいと春風が笑ってボードの桟からマーカーを取った。青いインクが吐き出されてゆく。
「筆記体は読めないんですけど」
 筆記体で文字を綴っていた春風が手を止めて、フォトグラフの方だと言った。
「スペルを知っているんだから大体判るだろう。原意は光で描くとのことだ。事実、撮るときには光を相当気にするだろう。ギリシャ語由来の言葉らしいから、気になるのなら自分で辞書を引きたまえ」
 言いながら春風は辺りを見回して黒いマーカーを探すと、丁寧なブロック体を書き添える。
「これを訳して光画とも言う。日本語の写真という言葉はどこから引っ張ってきたのかは知らんが、きっとどこかの漢籍だろうな。字義は見ての通り」
 話に上がった単語を一通り書き並べると春風は美夜子を振り向いて言った。
「ところで西田君には何て言ったんだい」
「魂を閉じこめる箱みたいだ、っていうのはその場で出たんですけど」
 もしくは死体ですと続けると、物騒だなあと春風が言った。
 窓の外には桜の木が見える。
 焼いた写真は一葉二葉と数える物だから桜の葉になぞらえて、写真の下には死体が埋まっているのだと結びつけることも出来なくも無かったが、いかんせん無理がある。葉がある木は桜ばかりではないし、大概の植物には葉があるのだ。そもそも腐生植物の方が下に死体が埋まっていそうな気がする。春風はマーカーのキャップを閉めて手持ち無沙汰にしていたが、不意に机の上の写真に目を留めて、これはいつ撮ったんだものかと美夜子に聞いた。
「昨日です」
 美夜子は答えた。
「早めに帰って、家の近くで写真を撮っていたのでさっきまで焼いてたんです」
「ということは西田君と一緒に帰ったのか」
 伊織とは途中で会ったんですよと写真を並べ替えている春風を見た。
「それで少し辺りが暗いのか」
「友達と遊びに来てたみたいなんですけど、先に帰っていたみたいで」
 なるほどと春風が呟いた。
「この写真は?」
 後ろ姿の伊織が写真の中でぴょんと跳び上がっている。
 自分の背の低さが嫌になったらしいですと美夜子が言うと、君と大して背は変わらないだろうに、と春風は言いながら束になった中から写真を何枚か引き抜いて並べる。風景もいくらか撮っていたはずだったが春風が抜いたのはどれも伊織の写真で、並べてみると確実に写真の中の伊織に目が行く。この距離だと少し大人びて見えると直後の喫茶店の写真と見比べて春風が言ったので、美夜子も先に返して貰った遠景の写真と春風の持っている写真を見比べた。遠景の写真は撮るときに思ったよりも、影の黒さは出ていない。
 表情の問題なのかと呟いた春風に、見えますかと手持ちの写真を指して美夜子が聞くとゆるゆる首を振って答えた。遠景では表情まで流石に判らないらしい。雰囲気そんな感じはするがと春風はしばらく写真を眺めていたが、これと同じ記がする、と更に一枚取って初めの写真と並べた。
「西田君の表情と言うよりも、美夜子君の撮り方だと思う。この写真を撮るときに何を考えていたのか、参考になるから聞かせて欲しい」
「丁度死体の話をしてたんです」
 さっきの話かと春風がぼやいて、君の例えは聞いていて困ると言った。写真の中の伊織は両手でコーヒーカップを包んで窓の外を見ている。同じように写真部の部室から窓の外を眺めると桜紅葉が一面に広がって体育館前の広場を染めていた。空は透き通るだけ寒さも積もる晩秋の晴天で夕日の頃にはまだ早い。それじゃあその西田君も死体じゃないか、と春風が上空から美夜子の持っている写真を眺めて言って、媒体が違うから写り方も違うってまとめればいいのだと言った。色は光である。大気を通過して目に跳ね返る。モノクロの写真を白黒というのはおそらく正しい云いではない。白と黒の中にある灰色をすっかり抜かしている。大事なのは白から黒に至るまでにある無数の灰色の集合だ。
 これ駅前にある喫茶店だろう、と春風が写真を見て言った。
「先輩行ったことがあるんですか」
「まあね。確か、少し行った所に親水公園があるだろう。前に撮影会をやって、帰りにそこに寄ったことがある。調度の具合が良い感じに好みだったが」
 君の写真ではあまり判らんなと春風が言った。
「元から暗い店内で、彩度も似たり寄ったりなのか」
「苦手なんですよ、色付き」
「うん?」
 春風が首を傾げた。少し毛足の長い髪が振られてしゃんと鳴る。
「目に眩しいです」
作品名:オブスキュラ 作家名:坂鴨禾火