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充溢 第一部 第八話

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第8話・5/7


 人形部屋のフランチェスカは、前にも増して存在していた。
 人形を改めて見ると、ネリッサと同じだと言うには些か無理がある。顔に類型があるなら、同じカテゴリに入るのは間違いないのだけれど――そこまで看取してもなお、似ているものがあるのが不思議だ。動かざる人形と活動的な人間としての対比と言うシンプルな発想でよいのか?

「あまり見つめると、フランチェスカが照れてしまうぞ」
 公爵は、子供にそうするかのように人形を抱きかかえると、隣室の高椅子に座らせた。椅子の隣には大小の台が設えてあり、大きな方はフランチェスカの頭よりも高い。
 部屋は直径五メートル程度の円形、ドーム状の屋根から壁まで漆喰で塗り固められ、板張りの床は磨き上げられていた。
 重液の瓶に二本の管の付いた栓をする。管をピンチコックで潰し、これを公爵が背の高い穴の空いた台に逆さまに載せ、低い台には空の瓶を置いた。
 公爵はここで部屋を後にする。ポーシャは、彼を追い出すように両手で扉を閉めると、扉の前で微笑む。
「女の子だからね」
 こう話した時、目線は、自分に送られた後、明らかに人形にも向けられていた。

 ポーシャは、フランチェスカの肩を軽く叩き、耳元にで何やらつぶやくと、背中のボタンを外し始めた。
 人形遊びだ。その姿に似つかわしい。
「スィーナー。遊びに来ているわけじゃないぞ。
 こちらに来て、手伝いなさい」
 大きくはだけた服の下に、白い背中が見える。丸い部屋に少女と同じ年頃の人形が一体。神秘を超えて病的な――踏み入れると二度とは戻れない予感を与える。
 怖ず怖ずと近づく。
「あまり見せるようなものではないが」
 ポーシャは琺瑯引きされた洗面器で手を消毒しながら、試すような顔をする。
 瓶から伸びるチューブを首元の中心から左に逸れた位置に突き立てる。目立たなかったが、そこに穴があった。一、二回引っかかりながらも、二十センチメートル程差し込んだ所で、次に空瓶に繋がる管を同様に差し込んだ。
「頭を撫でてやってくれないか? きっと安心してくれる」
 もはや、普通の人形ではないと言う事は明白だった。そして、それを隠そうとしない。
「ポーシャ……」
「話は後だよ」
 ピンチコックを外すと、重液が流れ込む。もうひとつの穴から、別の液体が流れ出す。
 震えているのだろうか? 否、震えているのは自分だ。彼女は動かない。彼女に液体が注がれるが如く、自分の中に何かが入ってくる感触がした――頭を撫でるのは、もはや、自分の為にそうしていた。
 顔から目が離せなくなる。
「もう少し優しくしてやってくれ。怯えてしまうぞ」
 自分の中への流入が一瞬止んだ。意識が中断されたのだ。そのまま、それは遠のいてしまいそうだ。
 恐ろしくなった。意識を失いそうな事が。
 ポーシャの名前を呼び続ける。
「なんだね?」
 ポーシャは仕事に集中したいのだろう。苛立たしげだった。
「何か口に出していないと、おかしくなってしまいそうな」
「少しの我慢だ」
「ごめんなさい、無理です」
 振幅が大きくなる。このままだと、自分が人形にされてしまいそうな恐怖に駆られる。
 上半身が動かない。足は震える。『しゃがめ!』強く念じた。下半身も制御できない。体重を中心から少しだけずらせばいい、腰を引いて――そう、ゆっくり。目に映るものを見ないように。
「スィーナー!」
 臨終の時があるとすれば、恐らくこの様な気持ちなのだろう。
作品名:充溢 第一部 第八話 作家名: