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充溢 第一部 第八話

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第8話・4/7


「失礼します。公爵様」
 前回よりも、もっと胸を張れていたのではないか。自分の態度に誇らしさを見る。
「またお逢いしましたね」
 前回と違い、対応が柔らかい。父性を感じてしまった。自らの内面で、嫌なものになって跳ね返ってきた。
 気分の理由は例の父親にあった。普通の家庭に育ったなら、僅かな男性の匂いに父性を感じる事はなかっただろうし、仮に父性を感じても悪い気分にはならなかっただろう。
「緊張しているのかな?」
「考え事をしていただけです」
 今回は普通に話せた――しかし、緊張とは思考による硬直の事なのではないかと心に触れるものがあったが、それ以上考える余裕はなかった。
「この前来た時もそんな感じだったね。もし、差し支えなければ、お聞かせ頂けないだろうか?」
 寡黙な男だとか、女性嫌いだとか、人物像を勝手に作り上げていたので、不意打ちを食らった気分になった。
「意外にお喋りですね」
 やってしまった。何かにつけて口を滑らすのは、自分の悪い癖である。結果、孤独を一層加速させるのだけれど、孤独になってしまえば、いつも気にならなくなってしまうから、一向に治らない。
「お前は素直だな」
 公爵が苦い顔をする前で、ポーシャは隠すことなく笑い転げている。
「魔女と付き合うとこうなるのか、そんな風だから、魔女に見初められるのか。
 そんな風では、幸せになれんぞ」
 苦い顔から、困った顔へと徐々に変化していく。お喋り以外にも、表情の豊かさにも驚かされた。
「幸福ってそんなに必要なものですか?」
 またやってしまった、一度ぐらいなら愛嬌だが、こうなると、単なる意地の悪い女だ。
「国を治めると、嫌でもそんな事に気を配らなければならないのだよ」
 皆が、調子に乗った所で、公爵は寂しい顔をしてしまった。

 幸福が何であるかは、"人間性"の元に好き放題言われて、何がなんだか分からなくなってしまう。多くを混ぜ合わせ煎じ詰めれば、"何もない事"や"人と変わらない事"が幸福ということになる。つまり、彼らにとっては、人が自分より幸福でなく、自分に不幸がない状態が幸福なのだ。
 それは、何もしなければ善人でいられると思うのと同じく、大きな間違いだ。
 背反する二つの幸福のうち、どちらかが真であり、どちらかが虚であれば、それを決める上部の幸福を規定しなければならない。これは際限のない事だ。それを諦めて中庸に逃げれば、即ち無である。
 善による快感も悪による快感も、現象は同じだ。人はその時々の都合で、それに価値を与えているに過ぎない。現象に下せる判断は、雨そのものに善悪を決めつけるぐらい無意味なことなのだ。
 まさか、第三者の、社会の善などと言い出してはお笑いぐさだ。彼らの言う世間とはそれぞれ自身の事だろう。
 試しに彼らを込み入った問題に連れ出してみよう。善悪、幸不幸の部分的な矛盾、時間的な矛盾、相対的な矛盾を問うてみよう。必ず腹を立て、適当な理由を作って中座するに違いない。
 畢竟、都合の悪い部分を観測せずに、自分は幸福だと自分に言い聞かせているだけなのだ。
 我々は、この幸不幸を基準にしたり目標にしたりする事を、一度捨てなければならない。

 と――卑小な幸福をいくら批判した所で、人間が改善される訳でもないのだ。それに、"その他多くの人"は、何だかんだで――自身は別者だと言い聞かせながらも、その基準を使って満足しているのだ、代替もないのに否定するのはただの意地悪だ。

「ジジイ、お前はなるべく手身近な幸福を探すが良い。先は長くないのだからな。
 その境遇なら、幸福を追求して悪いこともあるまい。儂ほど地獄が似合いそうもないからな」
「褒め言葉と受け取っておこう」
 真面目な回答をポーシャがおちょくる。しかし、こうしたところにこそ、ポーシャはいらぬ真実を隠したがる――公爵はそれを承知しているようにも見えた。
作品名:充溢 第一部 第八話 作家名: