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充溢 第一部 第八話

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第8話・3/7


「アイツが、何で名君なのか教えてやろうか」
 少女は馬車の中で唐突に話し始めた。
「信じる人間を限定しているからだ。
 あの仕事は、種々雑多な情報が入ってくる。情報は量ではなく質だ。
 人は高慢なもので、意見を求められれば、誰も彼も自分の分野外でも得意げに話し出してしまう。それは道化に外交を語らせるようなものだ。外交は外交官に聞くに限るし、外交官に慰みを求めても期待通りにはなるまい。
 尤も、それだけでは駄目だ。彼が優れているのは、自分に対してさえそれを徹底出来る事だ。決して出すぎた真似をしない。
 シンプルにしているから、容易に決断しないし、迅速に決断できる。そして、その決断は強固なのだ」
「何故、そんなお話を?」
 奇妙だ。いつだってお題目だけは突きつけて、いざとならないと話してくれないのに、今日は積極的に話し出すのだから。
「生まれつきだと思うか? 人間は変われるよ。自分自身に関する事に関しては」
 質問そのものの答えにはなっていないが、疑問の答えにはなっていた。
「信じる事って、『自分自身』の事なんですか?」
「人と人との関係は、『信じ合う』並びに『受け入れる』だ。それが、統治との違いだ。その点で、彼は統治向きの性格を持つ。人間としては、如何なものかな?」
 婉曲なやりとりは、彼女が照れ隠ししていると言うには、面倒くさい代物だ。彼女は、もっと簡潔に結論に至りたいのだ――自分と同様、この態度を歯がゆく思っているだろう。
「エリザベッタさんのお話ですか?」
「そうだ。
 あの一件がなければ、彼はただの有能な司令官どまりだっただろう。
 あの頃の彼のほうが好きだったがな」
 公爵がもっと若くて、同時に快活な青年であったと想像を巡らすと、人から好まれる姿が容易に再生された。
「その時の事を未だに考えているのですか?」
「儂は、諦めが悪いからな」
 ポーシャの頬がほころぶ――この人なら、世界の終末が迫ろうとも戦い続けるだろう。

 大きく重厚な扉は、今日の自分にとっては普段の工房の扉ぐらいの重さになっていた。あの日、散歩に出た時ぐらいの気持ちよさでくぐる事が出来た。
作品名:充溢 第一部 第八話 作家名: