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私立小田原大学准教授 葉柳俊作

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「やれやれ、ちょっと失礼いたす、お嬢さん。」

そう言うと俊作は絵里の背中に手をやり、ワンピースのボタンをはずし始める。
二十八歳なりに女性経験もある俊作は、けっこう手際よく絵里からワンピースを脱がしてしまい、つづいて手早くブラジャーとガードル、パンティもペペッとはぎとってしまった。
絵里は少女の見かけながら発育がよく、思いのほか大きく形のいい乳房に俊作は少し見とれてしまう。

「ま、まったく近頃の若いもんは、けしからん!」

つい爺さんのような口調になって腕組みして目をつぶりひとりごちた。
そうしたあと俊作は、素っ裸にした絵里の全身をミネラルウォーターで絞ったタオルを使ってきれいにし、その後アルコールをしみこませたガーゼで丁寧に拭き上げる。
 ジャングルでは様々な生物が虎視眈々と獲物を狙っている。
アルコールで拭きながら、まず怪我の有無を調べ、全身を殺菌し、その上でヒルやダニなどの吸血性の生物にやられてないかを観察してゆく。

「ちょいと無礼狼藉を勘弁しろ。」

というなり絵里の両足を広げ、内モモのあたりを拭き上げながらじっくりと観察する。
もちろん俊作も男だし、立派に助平なところも持ち合わせてはいるが、今はそれどころではない。
南米のジャングルには「ムクイン」という名前の凶悪なダニが存在する。
目に見えないほどの小さな赤ダニで、葉っぱや枝の先端に固まりになって、近くを動物が通り過ぎるのを待っている。
このダニは獲物に取り付いてからゆっくりと時間をかけて、皮膚の柔らかいところをめがけて移動し、おもむろに吸血する。
その痒さといったら他に例を見ないほどで、アマゾンの森に入り込むと、多かれ少なかれ必ずこのダニの洗礼は受けるのである。
俊作はポケットからナイフと緑色の実を取り出す。
それは料理用の熟してない青いレモンの実である。
手際よくそれを半分に切ると、新しいガーゼに絞り、その液を内モモや腋の下、顎の下や耳の裏など、ムクインの付きそうな場所に塗ってゆく。
虫除けの軟膏などより、ムクインにはこの青いレモンの果汁が一番効くのである。
つづいて裸足の足を調べる。
スナノミが指の間や爪に取り付いてないか、慎重に観察する。
この特殊なノミは人間の皮膚や爪の間に潜り込んで吸血する。
血を吸ったスナノミは何倍にも膨れ上がり、大きなこぶを作ってしまう。
そうなるともうナイフなどで皮膚を切り裂いて、外科手術で取り出すしかなくなるのである。
俊作は、やはりポケットから虫除けの軟膏を取り出し、指の間や足の裏に丁寧に刷り込んでゆく。
幸運な事に絵里は、数箇所蚊に刺されている他は、特に怪しい生き物が取り付いていることもなかった。
念のために、気がついたら抗生物質を飲ませておけば大丈夫だろう。
消毒と洗浄が終わり、俊作は火にかけていたケトルから洗面器にお湯を移し、ミネラルウォーターを足しながら慎重に湯加減をみた。
そしてその洗面器を持ってきて、中のお湯で髪の毛の汚れを落とし、虫除けの成分の入っている軍専用のシャンプーで綺麗に洗う。
微細なアリや先述のスナノミが数匹、シャンプーにやられて洗面器の中の湯に落ちてくる。
丁寧に髪の毛を指ですいて洗いながら、俊作は絵里の髪の毛から立ち上がってくる香りが、とても心にしみて来るのに気がついた。
そういえば前の彼女と別れてから、もう二年も経つんだなあと、久しぶりの若い女性の匂いを身近に感じて、しみじみ寂しくなっていた。
しかしこの娘、きれいだなあと、髪の毛の生え際からうなじにかけてのラインや、首もとの色白さにため息をつきながら、しみじみと見とれる俊作だった。

ひととおり全身をきれいにした後、虫除けスプレーを全身にふりかけ、ザックの中から衣類を取り出し始める。
 俊作の着替えの中から、女性でも着れそうなものを適当に見繕い取り出すと、

「またまたご無礼すまんすまん。」

と一声かけて、少女に着せ出す。
洗いざらしで古くはあるが、清潔な俊作の着替え用のズボンとシャツを着せて、シートの上に防虫素材のマットを敷き、そこに寝かせなおした後、タオルをかけてやる。
 その後、絵里の上に日差しをさえぎるターフを張ってやる。
ワンピースや下着は川で洗って干し、ようやくあらためて横たわる謎の少女を見た。

 肩までかかる少し茶色がかった黒髪が、ターフを通ったやわらかい光に薄く透けている。
 肌はすこし上気しているのか、薄桃色に染まっている。
 軽い寝息とともに、胸が小さく上下する。
 気持ちよさそうに寝入っている絵里は、とても綺麗だった。
またしても思わず見とれてしまいそうになった自分をごまかすかのように、ごほんごほんと咳払いをする俊作。

「しかし何でこんなところに日本人が、しかも女の子が、あんな格好でいるんだ……?」

 俊作はロープに干した絵里の黄色のワンピースを見ながら首をかしげた。
 それから俊作は腰を上げ、やるべき仕事が増えたことを神様に小さく文句をいい、簡易テントへと歩いていった。
 俊作はテントの中から妙に慎重な手つきで、小さな弓矢を取り出す。

「おじいさんは山に、食料調達に行きました…か、やれやれ。」


第七章「密林のおたくと令嬢」


絵里は幸せだった、大好きなすき焼きの匂いがするということは、日本に帰ってきたことを意味するからだ。
 私の大好物をおかあさんが、帰国祝いに作ってくれているのにちがいない。
 やれやれ、本当にコロンビアではひどい目に遭ったわ。
 大体インディージョーンズじゃああるまいし、アマゾンの密林で猛獣や毒虫相手に格闘するなんてありえない体験だったし。

「おかあさん、ご飯の前にコーヒー入れて。なんだか疲れが取れないの。」

「ああ、コーヒーなら今入れている、ちょっと待ちなさい。」

「はあ……い……?」

えっ、
 い、今の……は………………!

「気がついたか、君、本当によく寝たな、今はもう夜だぜ」

 ガバっと起き上がりざま声のほうを振り向く絵里。
 そこには暗闇の中に、焚き火の炎に浮かび上がった俊作の姿があった。
 思わず身構えながらタオルを胸に引き寄せて絵里が訊く。

「あ、あああな、あなたは誰ですか。」

「まあ、これでもまず飲んで、落ち着くから。」

 銀色の使い込んだシエラカップからはコーヒーのいい匂いがしていた。
 その匂いに心動かされて、おずおずと絵里は俊作からカップを受け取った。
 コーヒーはとても香りが強く、でも不思議な匂いのする甘い味がした。

「お、いし、い」

 ふーふーと息を吹きかけながら、こくこくと飲み出す絵里。

「うまいだろう、とっておきの豆の轢きたてのやつでドリップしたコーヒーに、今朝とって来たカスタニアシロップを入れたんだ。気持ちが静まるはずだ。」

その濃い目のコーヒーは香りが強く、それでいてカスタニアのさわやかな香りがどこか絵里の心を和ませるものがあった。
何度かコーヒーを口にすると次第に冷静に自分の周りを観察できるようになって来た。
絵里のすぐそばに少し大きめの鍋が、煙の立たない固形燃料の上に置かれていて、燃料の周りに放り込んだ木炭がいい感じにおこっている。