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私立小田原大学准教授 葉柳俊作

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 身だしなみの悪い講師のせいで、どこから学校の悪い評判が立つかもしれないと思うと気が気ではないらしい。
俺たちは不良学生か! 
 鏡を見ながら、ネクタイのゆがみを直した俊作は、身長一七六センチ体重は六十キロと均整の取れた体つきである。
小学生の時から続けている日本拳法のおかげで二十八歳になった今も、体力には自信がある。
 昆虫を求めて何日も山中をさまようこともある俊作は、トレーニングのため、今だに週に一度は道場に通っている。
 大体基本的に一人が好きで、、身体を動かすことは好きだが個人競技以外の経験はない。
 団体競技が苦手なのである。
 俊作は、何日山の中にいても平気だったし、何日人と話をしなくても孤独を感じたことはない。
むしろ授業や会議など、人とかかわることは本当は大嫌いなのである。
 特に近頃の若い者どもは、昆虫と聞くとそろって「気持ちワル〜」などとぬかしやがって、お前らに自然のすばらしさの何が分かると言うんだボケ、と、すぐに妄想で怒りにまみれてしまうのである。
 いかんいかんと自らを戒めて、はたと気付くと学園長室のドアの前にいた。


「は?、今なんとおっしゃいました?」

 聞き間違いに違いないと確信した俊作は思わず聞きなおした。

「だからね、葉柳君がね、前々から言っていたやつですよ、希少昆虫をコレクションした博物館を建ててもいいよって言ってるんですよ。」

 ごほんごほんと癖になっている咳払いをした近藤学園長は、自分が柔和で心優しい人間であることを演出するために毎朝練習している「ニコニコ恵比須顔」を顔にへばりつけながら俊作に話しかけてきた。

「でも、私が電話で聞いたのは生物学部を閉鎖するということだったはずでは……」

 当惑して聞きなおした俊作に歩み寄った近藤は、彼の両肩をがっしとつかんだと思うと、しかと俊介の目を見ながら言った。

「その通りなんだよ葉柳君、今のままだと君の大切な生物学部は理学部に統合吸収されて、一部の学科だけが存続を許され、君はこの学校に必要とされなくなってしまう。」

 でぶでぶの近藤の目が獲物を前にしたハイエナのように、にゅーんと三日月にゆがんだ。

「し、しかし、さきほど学園長は、は、博物館を建てると……」

「そこなんだよ葉柳君、大切なところは!」

「は、はい?」

「生物学部の存続はまさしく君の肩にかかっているんだよ、そして君が心から望む希少生物の博物館の建設も、すべて君の働きにかかっている!」

 今や獲物にかぶりつかんがばかりに舌なめずりをしながら近藤は葉柳に言い放った。

「いいかね葉柳君、君がその希少昆虫を採ってくるんだよ、世界中を廻ってね!」

「ええっ!」

 さすがに近藤の言葉に驚いた俊作は、思わず三歩、よろろと後ずさった。
あまりのことに動揺して言葉もない俊作に、近藤はくるりと背を向けた。
 そしていかにもな高価な学術資料が揃っている、豪勢な本棚の戸をパカっと開けたかと思うと、分厚い本を重そうに取り出し、オークの一枚板でできた学園長席の巨大な書斎机の上に広げた。

「まね、わたしもね、無茶は言いませんよ無茶はふふふ、この「世界絶滅生物大百科」から選んで、と」

うれしくてしょうがないのを隠そうともしないで近藤はページをめくる。

「あ、これすごいよねコウテイモンキチョウ、ま、百七十年も前に一度しか採集されてなくて、大英博物館にしか標本がない、つまり、大航海時代以来一度も採集されてないんですねえ、すごいすごい!」

 まるで子供のようにはしゃぐ近藤を、俊作はあいた口をふさぐことも出来ず、ただほけーっと見ていた。

「いやいやいやいや、そんなことは言いません、ええ、言いません、こんなすごいのをいきなり最初から探して来いとか、まさかそんな無茶はね、言うわけがありませんですよひょひょひょひょひょ。」

 ハッと我に帰った俊作は思わず聞き返す

「あ、あの、おっしゃってることがよく分からないのですが」

 本から目をはなさずに近藤が言う。

「鈍いですねえ先生は、あのね、こないだ先生が八甲田山に行ってるときにね」

「大雪山です」

「どこだってかまいません、その、北の方のヤマに行ってたときにね、文部省から査察が入ってね、私学助成金の見直し、それをこの学園もするとか言われてね、ほら、民主党が政権とったでしょ。それで無駄なお金は出さないとか、ハァ?、わけわかんないし、だいいちこの学園の予算の内訳って……」

「それで文部科学省の査察官が来てどうなったのですか!」

 話が延々と続きそうだと察した俊作は話の腰を折りにいく。

「ああ、そう、そうなんですよ、その査察官が、価値のある研究成果を上げた大学から順に私学助成金を設定するとか言うわけですよ。」

 ははあと、ようやく納得する俊作。
たいした研究成果も上げてないこの三流大学に、新政権の鉄槌が振り下ろされたのである。

「…と言うわけなんですよ葉柳先生、ま、あなたの研究は地味でどうしようもない分野ですが、この環境破壊が世界規模で問われている今、時代の流れにに逆らう博物分類学は、実に爆発的な威力があります。幻の昆虫を捕まえてきなさい、そしてそれらを陳列した博物館を建てるのです、それはエコブームともあいまってこの大学の名を世間に知らしめ、そして私学助成金の大幅な増額へと事態を導くことになる、すなわち、」

 握りこぶしを中に突き上げ、一気にそこまでまくし立てて、そこで近藤は大きく息を吸ってからゆうっくりと言った。

「あ な たの首がつながると言うことなのですよ、葉柳先生」

 またしてもにゅみぃーんと三日月に目をゆがめたまま、近藤はすばやく片手で開いたページを葉柳の目の前に突き出した。

「これを採ってきなさい、期間は1ヶ月です。びた一日まけません」

 俊作は大きく目を見開いた。
 開いたページには目にも鮮やかな青い色の羽をした蝶が載っていた。
 そして俊作の顔色も、その華麗な蝶に負けじと真っ青になっていったのであった。








第二章「緑の魔境とお嬢さん」


大和田絵里は耳元でうなる蚊の羽音に意識をとりもどした。

「う、うぅうん……」
 
頭がズキンズキン痛むが、意識ははっきりとしている。
 後ろ手にロープで縛られているのに、とりあえず大きな怪我はしていないようだ。
 あたりは暗いが、まだ日が暮れたわけではなさそうだ。
 そのとき、絵里のすぐ横でうなり声のような物音がした。

「う、……むむ……、絵……里、い……生……き……ているか?」

「お、おとうさん……」

 隣の座席の父親に近づこうとしたが、手を縛ったロープが座席につながっているため果たせない。
 その時、絵里の目に、割れた窓ガラスの破片が背もたれに深々と刺さっているのが飛びこんできた。
もし絵里が衝撃で座席からずり落ちなければ、もろに腹部を貫通していたに違いない。
絵里は恐る恐るその破片に、腕を縛っているロープをこすりつけた。


「痛っ!」

 時おり絵里の手首に破片があたり、切り傷をつけてゆく。
 数分間の奮闘でようやく手首のロープが切れた。