小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
おっとっと
おっとっと
novelistID. 29056
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

私立小田原大学准教授 葉柳俊作

INDEX|1ページ/20ページ|

次のページ
 
プロローグ


「おっと、やっと一匹入ってたかー!」

 地面から持ち上げた透明なプラスチックのコップを覗き込みながら、俊作はうれしそうに言った。
 俊作がコップの中から持ち上げた手には、なにやら緑色に光るものがもがいていた。
 午後の光がブナの原生林の隙間から差し込んでくる。 

「アイヌキンオサムシ、こいつもめっきり少なくなったなー」

 四センチほどの細長いからだに大きな牙の見えるその甲虫は、グロテスクな体つきに似合わず胸の部分は赤く輝き、胴体は複雑な刻印が刻み込まれた上羽が金緑色に輝いていて、一種宝石のような風格をあらわしている。
 捕食性のこの昆虫が森の中にどれくらい生息しているかは、その森の生態系の健全さを図るバロメーターとなる。
数日前から北海道は大雪山系に入った俊作は、この森の中に実に百個ものトラップ、つまり紙コップにこの虫が好む、酢や黒砂糖や乳酸菌飲料を混ぜた誘引用のえさを入れたものを仕掛けていた。
 においに誘われた虫がコップの中に入ると、もう二度と出られない。
 オサムシの仲間であるアイヌキンオサムシは飛翔するための羽を退化させてしまっている昆虫なので、翔んで逃げられないのである。
 そんなオサムシ類を採集するために、このコップのトラップは最もよく使われる採集方法なのである。
俊作が所属している大学は神奈川県にあるが、はるばる北海道は大雪山に来たのは他でもない、この昆虫が地球上でここにしか存在しないからである。
オサムシは飛翔を捨てた進化を選んだので、川が流れている谷などを越える事が出来ない。
ゆえに谷ひとつ隔てただけで色や形が違う亜種がたくさんいるのである。
その中の大雪山のある谷だけにいる亜種を俊作は狙って、はるばるここにきているのである。
引き続き仕掛けたコップを地面をはいずりながらチェックしていく。
するとまた、仕掛けたコップの中に緑に光るオサムシが入っているのを見つけた。

「よおっし、またまたゲットだぜ!」

と喜んだ俊作の肩を、なにやら後ろから軽くトントンと触れるものがいる。

「あー、ちょっと待って、今忙しいんだからあとにして。気が散るでしょ。」

そういったそばから、またしても後ろの誰かは背中あたりをトントンとこづくのである。

「うるさいってえのに、俺はね今ね、忙しい……の……。」

といいながらふり向いた俊作の顔は、なにやらごわごわの毛皮の中につつまれてしまった。
凄まじい獣の匂いが鼻に付く!

「うぐっ!」

突然の出来事を理解できないまま、おそるおそるゆっくりと顔を上げて上を見ると、そこには信じられないくらい大きな顔が存在していた。

ヒグマである。

立ち上がると三メーター近い身長で、一七六センチの俊作が半分くらいにしか見えない。
日本で唯一、人間を食べ物にする野性の獣である。
どうも、昆虫採集に夢中になりすぎて、いつの間にかヒグマの生息地に入っていたらしい。
猛獣で知られているヒグマだが、ここまで接近しているとかえって緊張感がなくなるものである、と、いいたいが、余裕をこいているのはクマの方だけで、俊作は全身から冷たい汗が噴出すのを感じていた。
ヒグマは餌がなぜ逃げないのだろうと不思議に思ったのか、俊作の胸のあたりまで顔を下ろしてきてフンフン匂いをかいでいる。
こうなったらもう一世一代の賭けに出るしかない俊作はジリジリと腰を落とし始めた。
そしてポケットに入れておいた小さなビンを取り出し、コルクの栓を片手でこじ開け

「うらあああああーーーーー!」

という気合とともにその中身をクマの目と鼻をめがけてぶちまけた。
そしてその体の流れを利用して、強烈な回し蹴りをクマの鼻面めがけて思いっきり叩き込む!
 炸裂音と共に、トレッキングシューズに、強烈な衝撃が走る!

顔に突然の刺激臭がしたかと思うと、鼻面をしたたかに蹴られたヒグマは驚愕のあまり叫び声を上げながら森の中に逃げていった。
残った俊作は仁王立ちし大声で叫んだ!

「俺の昆虫採集のジャマをするんじゃねえーーーー、ボケ熊ぁーーーーーーーっ!」

俊作はヒグマにぶっかけた、甲虫採集用の毒ビンの中に仕込む、殺虫用の酢酸エチルを自分でもしたたかに浴びて、凄まじい匂いのまま仁王立ちしていたが、しばらくして落ち着いたかと思うと、またしても地面をはいずりながらコップのトラップを確認し始める。
俊作は大学の生物学部に所属し、専門は博物学でありその中でも昆虫学、特に希少昆虫の調査と新種の発見が彼の研究分野である。
彼がわずか二十八歳で准教授になれたのは、このオサムシの分布と遺伝子を使った亜種のつながりの研究論文が、博物学が盛んなヨーロッパで大いに認められたからである。
なので俊作はこの昆虫に非常に愛着を感じている。
 彼の夢は、小さいながらも希少昆虫をコレクションした博物館を建てることである。
 そのためにもできれば新種の昆虫を見つけ出し、学会で発表して大学側に自分の実績として認めさせることが必要である。
 何より少しでも早く「教授」の地位を得ることも彼の野望に必要なイベントのひとつであった。
そのとき俊作のポケットの携帯電話が鳴った。
着信音からかけてきたのが誰なのかすぐ分かる。

「ちぇっ、いいところなのに、学園長からか」
 
一人ごちながら電話に出る俊作。

「はい、葉柳です。」

「ああ、わたしだ、近藤だ。君、今どこにいるのかね。」

「北海道ですよ、研究のための出張願いと授業の休講届けは、ちゃんと許可をもらって出してますし、せっかく北海道庁にも国立公園内の採集を、特別に許可してもらったので、ようやくこれからというところなんですが。」

「あそ、まそのね、それはいいとして葉柳君、今すぐね、帰ってきなさい。」

「は、研究のための休暇は明後日までです、私には重要な調査がまだ残って……」

「あそ、学部がなくなって失職してもいいというのならね、まそのわたしもね、強くは言わないんだがねげほんげほん」

 まったくこの学園長の近藤と言う男は意地の悪いやつである。そんなこと言われたら誰だって飛んで帰るさデブ親父め!

「わ、分かりました急いで帰ります。」

「あ、うむ、そうしてくれたまえ、でわ。」

やれやれ、せっかくアイヌキンオサの分布している地域に見当がついたと言うのに、なんてことだと心の中で愚痴りながらも、学部がなくなるなどととんでもないことを突きつけられた俊作はあたふたと残りのトラップを地面から掘り出し始めた。
 トラップは残しておくとその後、延々と虫を誘引し続けて、たくさんの虫がコップいっぱいになるまで死に続けてしまう羽目になる。
 一個たりともおいていくわけには行かなかった。
 俊作は夕方、札幌行きの特急バスを何とか捕まえ、次の日、朝一番の東京行きの飛行機に飛び乗り、一路大学へと向かう帰路に着いた。







第一章「世界絶滅生物大百科」


俊作は研究室の鏡に映る自分の姿を見ている。
 学園長である近藤雅臣に会いに行くときは、身だしなみに気をつけていかなければいけない。
 学園経営に非常に神経質な近藤は、学生を教える教授や講師たちの服装や格好に極端にうるさい。