私立小田原大学准教授 葉柳俊作
後ろから伸びてきたアンがカレイラのライフルを直撃したのだ。
しかし長さがちょうどだったのか、カレイラの手から叩き落すだけしか出来ない。
ゆっくりと絵里の方を振り向くカレイラの顔は、キラービーの襲撃により腫れ上がり、更に怒りの表情が加わり、悪鬼じみた様相をなしていた。
「うおおおーーーーーーーー!」
すぐさま俊作が走り出し、一気にカレイラとの距離を詰める。
しかし、その動きよりも更に速く、カレイラは足元のライフルを拾い上げ、絵里の方に銃口を向けた!
その時、絵里の背後から足を引きずりながら、必死の形相の里志が絵里の前に立ちはだかる。
「撃つならおれを撃て、このクズ野郎め!」
「上等だ、皆殺しにしてやる!」
OZ・カレイラの顔が醜悪な笑顔でゆがむ!
「やめろおおおおおーーーーーーーーーーー!」
喉も裂けろとばかりに叫ぶ俊作!
その時、
俊作の横を、何か緑色に煌くものが「シュッ」と追い抜いていった。
「グァッ!!」
カレイラの後頭部に緑色の光が炸裂し、空中に花火のように煌き散らばった!
一瞬目の前が真っ暗になったカレイラは前のめりにたたらを踏み、銃を地面に落としたが、踏みとどまり、後ろを振り向いた。
するとすぐ目の前に、低い体勢で突っ込んでくる俊作の姿があった。
「小僧、来るなら来い、八つ裂きにしてくれる!。」
歯をむき出しにして怒り狂ったカレイラは、後ろ腰に装備していた愛用のテルザードを引き抜くと、突っ込んでくる俊作の頭めがけて思いっきり振り下ろした。
俊作は一瞬、左に身体を半回転させ、凶暴な刃を避けるとすかさずカレイラの右腕を両手でつかみ、手首の関節をきめると、山刀を振り下ろしたその勢いを利用して、前のめりに大きく投げ飛ばした。
カレイラは空中にきれいに弧を描き地面に叩き付けられた。
派手に地響きを立ててカレイラの巨体が地面に激突し、砂埃が立ち上がる。
すかさず手首の関節を捻り上げて押さえ込もうとした俊作の顔面に、砂埃の中から大きな軍用ブーツがうなりを上げて飛んでくる!
かろうじてその蹴りを左手でブロックするが、強烈な蹴りは俊作の身体を二メートルほど吹き飛ばしていた。
砂埃が薄れてゆくとカレイラが、奇妙な姿勢のまま蹴りを放ったのが判ってきた。
片手を地面に付いたまま、低い姿勢で逆立ちするように蹴りを放ってきたのだ。
「カポエラか……!」
体勢を立て直しながら俊作がつぶやく。
カレイラはゆっくりと立ち上がり、ニヤ付く笑いを浮かべながら、全身を使って奇妙なリズムを取り始める。
「覚悟しろ日本人、蹴り殺してやるぞ。」
徐々に俊作との間合いを詰めてきたカレイラは突然リズムを変えて迫ってきた。
前蹴りをフェイントに使い、そのまま足を高く掲げて強烈なかかと落としを俊作の顔面めがけて放つ!
俊作は冷静にそれを潜り抜けるようにダッキングでかわしたが、続けざまにカレイラが放った電光石火の撃ち下ろしのエルボーが俊作のこめかみを捉えた。
眉の上をひじで切られて、俊作は左目の上から出血する。
「葉柳さん!」
思わず絵里が悲鳴を上げる。
俊作がひるんだ隙を突いて、カレイラはカポエラ特有の奇妙なリズムに乗せた連続蹴りを矢継ぎ早に繰り出してくる!
カポエラの蹴りは、他の打撃系の格闘技に比べ、非常に変わっている。
回転する風車のように連続する蹴りは、地面についた手を基点にして打ち出される。
それは、奴隷として虐げられてきたアフリカ人が、枷によって拘束され役に立たなくなった手を捨て、足蹴りを多様化させて作り上げた格闘技ゆえの特徴なのである。
「クッ!」
かろうじてそれをかわす俊作だが、連続した蹴りの中に再び前蹴りのフェイントが巧妙に入れられ、カレイラの右足が高々と天を突き、凄まじいかかと落しが再度、俊作の顔面へと打ち込まれる!
しかしその刹那、俊作の頭は蹴りより早く下に沈み込み、かかと落しのエネルギーを殺してしまう。
と同時に今度はカレイラの脳天に凄まじい衝撃が叩きつけられる。
俊作が蹴りをかわしながら、前方に一回転して放った全体重を乗せた左足のあびせ蹴りが、ものの見事にカレイラの頭部に命中したのだった!
頑丈で長持ち、どんな過酷な自然条件でも変質しない事で有名な、俊作の軍用ブーツのビブラムソール底は、回転によって生まれた全エネルギーをカレイラの脳天に集積させた!
渾身の俊作のあびせ蹴りをもろに脳天に食らって、さすがのカレイラもひざをつく。
「グッ!」
思わず地面に両手を付いて、頭を左右に振りながら上を仰いだカレイラは、そこに微塵の油断もなく残心の構えをとる俊作の姿を見た。
「覚えておけテロリスト、今度から日本人と虫取り人には手を出すな!」
「……くそっくらえ……。」
俊作の渾身の力を込めた、レンガをも粉砕する右の直突きが、カレイラの左こめかみにめり込み、カレイラの意識はこの物語からはじき出された。
俊作はカレイラを見下ろしながら引き続き残心の構えで警戒していたが、やがてゆっくりと身体をおこし大きく息を吸い込んで構えをといた。
そこに絵里と里志が歩み寄る。
「け、けがはなかった?」
荒い息で俊作が聞くが、絵里は黙って俊作に抱きついて顔を胸にうずめる。
里志はそんな二人を見ていたが、その向こうに立っている人影に気づく。
「カレン・シゥ、あなたでしたか、さっきのは…」
その声に気付き、俊作と絵里は振り向いた。
「やれやれ、まったく日本人は無茶をする。でもあんたたちのおかげで、長年のゲリラどもの支配から抜け出せそうだ、例を言うよ。」
絵里は周りに散らばっている緑色のきらめきに気付く。
「えっ、こ、これって、エメ、ラ、ルド…」
「ふん、オールドも最期に一撃くらわせてやって、満足してるはずさ、はーっはっはっはっは!」
里志は俊作のところへと足を引きずりながらやってきた。
「君が葉柳君か、絵里が大変世話になったそうで、このジャングルに一人ぼっちで放り出されて、なすすべもなかったはずのところを君に命を助けられ、その上私まで救出に来てくれて、なんと礼を言っていいか判らない、本当にありがとう、君は命の恩人だ。」
深々と腰を曲げて礼をする大和田大使に俊作は恥ずかしそうに話す。
「あ、いえ、僕にできる事は、こんなことだけでして、たまたま森の中でお嬢さんと出くわしたのがラッキーでした。」
「ううん、あの時葉柳さんがいなかったら、私はきっとジャングルの中で死んでいたはず。助けてもらってからも食事をいただいたり、身体もきれいにしてもらって服までいただいて、その上お父さんを助けてもらえるなんて。」
「えっ、身体をふいてもらった……、っておまえ、それはどういう……。」
「いや、君も本当によく頑張った、たった一人でお父さんを助けるために砦に入っていたんだから、すごい勇気だ。君がお父さんに蜂毒の血清と虫除けの軟膏を渡さないとこの計画は成立しなかったんだ。」
「葉柳さん……。」
見つめあう二人をただただぽかんと口をあけ見ている里志。
その時、俊作の腕時計のGPSが反応し、規則正しいアラーム音が鳴り響く。
作品名:私立小田原大学准教授 葉柳俊作 作家名:おっとっと