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私立小田原大学准教授 葉柳俊作

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 そしてその中心に、なにやら見え隠れするのは、驚いたことに人間のシルエットであった。
 巨大な真っ黒いうねりを身にまとったその姿は、原住民の間で語り継がれる恐怖の森の悪魔「ナナ」そのものであった。
 やがてその悪魔は身にまとっているぶあついマントを脱ぎ始めた。
 そうしてその真っ黒いマントを投げ捨てるとキラービーの群れが一瞬散りじりとなった。
 マントを脱いだその人物は白っぽい迷彩服にカーキ色のフルフェイスマスクをしていた。
 そうしてその迷彩服の下からは薄く煙が出ている。
 一瞬ひるんだキラービーは体制を立て直すと、羽音も激しく渦巻いてその人物に襲いかかった。
 が、しかしその人物が身体を軽く振ると、服の下から煙が噴出し、人物を薄く取り巻く。
 驚くことにその煙に触れるとキラービーは勢いを失い、つぎつぎと地面に落ちていく。

「世話になったなみんな…」

 その人物はそうつぶやいたかと思うと、迷彩服を脱いだ。
 その下には!
 
数百匹はいるであろうキラービーが男の肉体に張り付いている。
 男はズボンのベルトにスモークランチャーの弾を何個も装備していて、そのうちのいくつかは先端から煙を吹き出し続けている。

「もう行っていいぜ、女王様たち」

 そう言い放つと男は胸を両手でなでる。
 男の身体に取り付いていたハチがぽとぽとと男の足元に落ちてゆく。
 それは一塊となってうごめいていた。
 やがて煙の麻痺から目覚め始めた数百匹の女王蜂は羽を震わせ、次々と空中に舞いあがってゆく。
 そしてその後を追うように、上空を埋め尽くしていたキラービーは、それぞれの女王を見つけて寄り添い、ジャングルへと帰ってゆく。
 男はすべての女王蜂をはらい落とすと、手早く迷彩服を着込み、またしても薄い煙を身にまとった。
砦を覆っていた黒い波は急速に薄れていく。
 俊作はもう一度コンテにもらった政府軍の迷彩服をパンパンと軽くたたいて、自分の周りに煙を出した。
 さて、絵里の方はうまく言っただろうかと、周りを見渡したとき!
 森中にこだまする銃の発射音と同時に、凄まじい衝撃が俊作のこめかみのすぐ横をかすめていった。
 その反動で吹っ飛ばされる俊作!
 土煙を上げながら地面に倒れ込む。

「クッ、」

 衝撃で脳震盪を起こしたのか、全身がしびれていて、ひどく身体を動かすのが億劫だ。
 かろうじてひじで身体を起こし、何が起こったのか周りを確認する。
 俊作の背後、ゲリラの砦の小さな裏口の前に一人の男がライフルを持ってこちらを狙っている。
 やけに身長があるでかい男だった。
 その男が唐突に叫びだした。

「き……さま、きさまがキラービーを連れて来たのか!」

 男の声は絞り出すようで、よく見ると相当ハチに刺されているみたいで、ライフルを持つ手が痛みで、あるいは怒りで震えているのが見て取れる。
 どうもそのおかげで狙いが狂い、命拾いしたようだ。

「立て、立って言え!  きさまは誰だ! 何でこんなことをした! 政府軍のものか! 言え!」
 またしてもライフルが火を噴く。
 しかし今度は狙いが大きく外れて、俊作より二メートルも手前の地面に炸裂した。
 パシッと土煙が上がる。
 俊作はよろよろと立ち上がる。

「おれの名は葉柳俊作、日本人だ!」

 首の辺りを揉み解しながら俊作は大きな声でどなった。

「日本人だと、ふん、大使館の父娘を取り返しに来たのか、間抜けなジャップめ!」

「たまたまジャングルの中で娘の方に出会ったんだ、ちょっと美人だったからついでに娘の父親を助けただけだ。」

「ついで?なんだそのついでというのは」

「お前がここのボスか?」

「そうだ」

「ならば言ってやるよこの時代錯誤のボケゲリラめ。」

俊作は仁王立ちしてOZ・カレイラを指差して喋り出した。

「いいか、ここはな、世界で有数の熱帯雨林、それも雲霧林といって、一年中高温高湿度のジャングルだ。ここの自然はすばらしいんだ。ここにしかいない生物は山のようにいる。ここの植物を調べただけで、どれほど人類にとって、貴重な薬品や化学成分が発見されるか想像すらできないくらいだ。世界中の研究者がここを調べたがっている。
なのにお前らボケゲリラは、下らん利権争いや、糞のやくにもたたんイデオロギーなんぞを振りかざして、ここに立てこもりやがった、何十年もだ!
ふざけるなこの能無しのフンコロガシ野郎が!
お前らがいるから世界中の人間が迷惑してるんだ。いや、ここのジャングルに住むあらゆる生物が迷惑してるんだ、いや、アマゾン中の生きとし生けるものが迷惑してるんだ、い、いや、地球中の、いやいや、宇宙中のすべての生き物が、お前らに迷惑してるんだこのボケナスめが、うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、オレサマにキプリスモルフォを採らせやがれボケ、糞邪魔なんだよお前らはぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

明らかに興奮しすぎて、前半の説得力が後半は「てめーの虫取りのためか」と、目が点になるようなガキじみた理論展開で終わってしまっていた。
 どこまでも普通人とは価値観の違う男である。
このとき絵里と里志はじつは建物の影で事の成り行きを聞いていた。
「ちょっと美人だったので」
のところで、娘の頬が少し赤くなったのを里志は少しむかつきながら見逃さなかった。

 二人の位置は、ライフルを持ったゲリラの首領までおよそ二十メートルほどの距離にある。
 ちょうど首領の男からは死角になっているので、慎重に近寄ればアンが届くくらいまではいけそうだ。
 絵里は今にも俊作がライフルで撃たれそうかと思うと、いても立ってもいられず少しずつゲリラとの距離を詰めてゆく。
 里志はどうすることもできず、物陰から事の成り行きを見ていた。

「きさま、ど、どうやってこれだけのキラービーを操った!」

「ふん、素人がえらそうに聞くな、ミツバチの習性を知っていれば造作もないことだ!
巣の中から若くてピチピチの女王蜂だけを選んで連れて来たのさ。ミツバチは新しい女王が生まれると分蜂といって、女王を追いかけて働き蜂やオス蜂がついて来るんだ!そんなことも知らんのか、小学校にもう一度行って習って来いボケ!」
 怒りの形相も凄まじく、再び銃を発射するカレイラ!

「ギャッ!」

 またしても額の辺りを弾丸が通過して、ひっくりこける俊作。
 案外ガキだわと、絵里はちょっと思う。

「ふざけるな、キラービーの巣から女王を捕るだと、そんなことをしたらいくら命があっても足らんわ!」

銃を構えたまま、声を上げて叫ぶカレイラ。
 のろのろと身体を起こしながら、俊作は言う。

「ふん、しろうとめが、ミツバチが煙に弱いのは世界中、いや、宇宙中の常識だ、おれは軍のランチャーに特殊な仕掛けを、」

「うるさいジャップ! 貴様だけは絶対許さん、射殺してくれる!」

 ボルトアクションをライフルにくれてやり、新たな銃弾を薬室に送り込んで、俊作めがけておもむろに構える。

「死ね!」

 OZ・カレイラは引き金を思いっきり絞ったと思ったその瞬間!
 なにかがぶつかった衝撃音が響き渡る。

「!」